「______っ!」
あの日発した言葉を僕は永遠に忘れることはないだろう。これは、僕が一生をかけて違わなければならない罪だ。
「あ、椎名ちゃんだ!」
授業が終わり、廊下に出た瞬間そう言った小村につられて目を向けた。
彼女の名前は椎名紡綺。入学してすぐに男子の中で可愛いと話題になった女の子だ。高校へと入学して一ヶ月がたったが、彼女に関する話が途絶えることはない。
窓から差し込む光によってキラキラと綺麗に見える長い髪と、心を和ませるような笑顔に目を惹かれる。
話せない代わりにノートや身振り手振り、表情で一生懸命伝えようとする彼女がみんな大好きだった。
「マジで顔がいいよなぁ~。」
「分かる。雰囲気もほわほわしてて可愛いよね。」
顔かよと思いながらも場の空気を悪くしないように適当にうなずく。この会話をするのも、もう何回目だと思うほどに話したことだ。
「あーあ、声が聞いてみたいなあ。絶対可愛いよなっ!」
確かにと心の中で共感する。彼女の雰囲気からとしてもきっと優しい声色なのだろうと予想する。
小村が「お前もそう思うよな」と言う言葉に返事をしようとしたが言葉が詰まってしまった。
「………。お前って本当に無口だよなあ。喋ってくれないとわかんねーぞ?」
「わ、悪い…。」
拗ねた小村に慌てて謝る。
「まあまあ、加藤の話はしってるだろ?落ち着けるようになるまで待ってやれよ。」
「そうだけどよお、やっぱり話せないのは寂しいぜ?」
小村はチラチラとこっちを見ながら目をうるうるとさせている。彼の末っ子気質がそうさせるのかその顔を見ると願いを聞いてあげたくなる。
「うっ…。頑張るよ…。」
僕はあることがきっかけで他人に関する話で自分がどう思うかを話すのが怖くなってしまった。自分の言葉で大変なことが起きてしまえば責任を取らなければならない。
「むっ、無理はするなよ?お前に辛い思いをさせたいわけじゃないからな。」
僕が無理をしていると思ったのか、小村は弁明する。
あたふたした小村を見ていると自然と口角が上がった。
この二人は出会った時からこうだった。
からかいはするが人を傷つけないように立ち回っている。人が話したくないことには不用意に踏み込んでこない。みんな二人のことをおちゃらけ者だと思っているがそれだけではないのだ。だから二人といて心地がいいのだと思う。
「ありがとう…。でも僕も二人と話したいから無理をしてるわけではないよ。」
そう言うと、二人はニヤニヤした顔で僕をみる。
「なんだよ…。」
「いやあ、加藤は俺らのことが大好きなんだなあって。」
「はあっ!?なんでそうなるんだよ。」
大好きだなんて言われて顔が赤くなっていく感覚がする。こんな年にもなって友達に好きと言う気持ちがバレるのは恥ずかしいのだ。本人に直接言われるとなると尚更だ。
「でも僕も加藤が僕たちと話したいと思ってくれてるって分かって嬉しいよ。」
浅田が今にも僕に飛びついてきそうな小村を抑えながら言った。どうして二人ともこんなに僕と話したいと思ってくれるのだろうか。二人とも僕がしたことについてしっているはずなのに。
二人がこう言ってくれても僕はいまだに思うのだ。
こんな僕に話す資格なんてない。
こんな人を傷つけてしまう口なんていらない。喋れなくなってしまえばいいのにと。
椎名が羨ましい………。
そう考えてしまい思わず口を抑える。こんなこと考えるなんて最低だ。椎名も苦しんでいるのに。
ふと視線を感じて振り向いてみると彼女がこちらを見ている気がしたが気づかなかったふりをした。あんなこと考えてしまって勝手に気まずく感じた。
そんな彼女と自分が関わる日が来るなんて思いもしなかった。
「委員会はくじで決めます。」
先生がそう言った瞬間クラス中からブーイングが飛ぶ。先生が「文句は言わない!」と一喝するとブツブツと文句を言いながらも、席が前の人から次々とくじを引いていく。委員に選ばれた人の紙には当たりと書かれているらしい。
くじを引いた人の反応は様々だ。ラッキ~と当たらなかったことを喜ぶ人もいれば、あ゛―!と悲鳴を上げる人もいる。
僕の番になり、どうせ当たらないだろと思いながらみんなと同じように箱に手を入れ紙を一枚とる。恐る恐る開いてみると紙には「当たり!!」と憎たらしく書かれていた。
うわっと思ったのが顔に出ていたのか教室からはクスクスと笑う声がかすかに聞こえる。
好きな委員会を自分で選べたのが不幸中の幸いだった。僕は一番仕事が少なく楽そうな図書委員会を選び、黒板に自分の名前を書く。
「うわ、加藤当たりじゃん。良かったね笑。」
「うるさい…。」
席についた瞬間、前の席である浅田が茶化してきた。イラッとしたのでツルツルとしたでこにデコピンをお見舞すると「うおっ!」と情けない声が聞こえたので満足した。
「当たったからって八つ当たりか~?次がある!どんまい!」
「なんだそれ…。」
くじを引いて戻ってきた小村の言葉に呆れる。慰めているつもりなんだろうか。
「そういう小村はどうだったんだ?」
浅田が聞く。この様子だと小村も当たりではなかったのだろう。
「ん?俺は体育委員になっちまったよ~。」
「いや小村も当たりだったんかい。」
思わず突っ込みを入れてしまう。なんだそれと笑いあっているといつの間にか、くじ引きは終わっており先生が「早く席につけ!」とキレていた。あらためて人の名前がズラリと並んだ黒板を見ると、ある名前が目に入る。椎名紡綺という文字が僕の名前の横に並んでいた。どうやら同じ委員会になったようだ。
「お前、椎名と一緒じゃん。」
「あー、そうみたい。」
椎名と一緒とは上手くやれるかすこし不安だ。この前の会話を聞かれていたかもしれないと思うと少し気まずい。
「こらそこ、私語はダメですよ。委員になった人は今日の放課後に委員会があるのでそれぞれの部屋に行ってくださいね。さぼったらダメですよ。特にそこの加藤と小村!」
「えぇ!俺!」
なんとも間抜けな声を出した小村にクラス中に笑いが走る。僕自身も含め、ほぼ全員が笑っていた。
ただ一人、椎名をのぞいて__。
「言われなくてもさぼったりなんかしねぇよ。なぁ?」
「そうだよね。」
委員会に向かいながら先ほどの愚痴をこぼす小村の声が響く。どうやらさっき先生に揶揄されたことがお気に召さなかったらしい。
「先生まで俺らをネタ扱いしやがって~。」
子供のように頬を膨らます小村にクスッと笑う。こういう顔に出やすいところがからかいやすいんだろうな。
小村の愚痴に付き合っているとあっという間に図書室についた。じゃあなと告げて別れようとすると、やっぱり行きたくないと言いしがみついてきたので遠慮なく引きはがし急いで部屋に入る。先ほどさぼったりしないと言っていたのは何だったんだ。
部屋には結構な人数が集まっており、少し気まずさを感じながらそそくさと席に座った。椎名はもう来ていたようで静かに座っていた。よろしくぐらい言った方が良いのか…?と考えていると服の袖を引かれる。椎名のほうを見るとノートを持っており、そこには小さく
『よろしくね』
と書かれていた。なるほど筆談かと、席に座りペンを探す。そして椎名の文字の横に
『こちらこそよろしく』
と書きたした。彼女は満足したというように満面の笑みを浮かべた。話せない分表情が豊かで、何を考えているか分かりやすい。委員長が入って来て号令をかけ会議が始まる。今日はひとまず自己紹介をし、それから図書当番の曜日を決めるらしい。
当番なんてあったのか。思ったより大変そうで落胆する。
「2-A、――です。」
あぁ次は僕らか。椎名さんと一緒に席を立つ。
「2-B、加藤翠です。」
そういえば椎名はどうするんだろうと横を見てみるとノートを持ってあたふたしていた。ノートには『椎名紡綺です』と書かれているものの、みんなはポカーンとしていた。仕方ないと思い代わりに僕が読み上げる。
「彼女は椎名紡綺です。よろしくお願いします。」
それだけ言いさっさと席に座る。あそこまで露骨に反応しなくてもと思ったが僕が言えたことじゃない。
『ありがとう』と書かれたノートを横から差し出される。
『別に大したことしてないから気にしないで』
返事としては少し素っ気なかったかと思ったが、彼女はニコニコと笑っていた。
人と話すために筆談って大変だな。ノートの彼女の字を見る。小さくて丸っこいかわいい字で椎名って感じだ。僕の字はカクカクしており不格好で少し恥ずかしい。なにより椎名の隣に並んでいるのがむずがゆかった。
後の会議は淡々と進んだ。僕たちの当番日は水曜日になったらしい。会議も終了し解散となった。
図書室を出る椎名を呼び止める。
『どうしたの?』
「椎名が良かったら連絡先交換しない?何かあったときとか便利だし。それに打つほうが書くより楽じゃない?」
『確かに!』
思いつかなかったと思っているのだろう。慌ててスマホを取り出している。
連絡先を交換すると同時に椎名をピン止めする。このほうが会話が楽だしな。
『じゃあまた水曜日に』
早速メッセージが送られてくる。おう!またなと手を振り帰路につく。
一番上にある名前を改めてみると少し耳が赤くなる感じがした。気のせい気のせいと自分に言い聞かせながら急いで家に帰った。
***********
一週間がたつのは早く、あっという間に水曜日となった。
図書当番といっても本を借りに来る人は少なく、カウンターに座っておくだけらしい。
カウンターに座ってはや10分が経過した。僕はスマホで動画を見て暇をつぶしていたが隣にいる椎名さんは10分間じっと座っているだけだった。そのせいで無言が気まずく静寂をかき消すために試しに話しかけてみることにした。
「あー、椎名ってさ何で図書委員会にしたの?やっぱり本が好きとか?」
質問をしてから彼女がポカンと不思議そうに自分を見つめてくるので失敗したかと思ったがノートを取り出しスラスラと文字を書いていく。
『そうなの!図書委員になれば仕事をしながら本を読めると思って…。』
「へーおすすめの本とかあるの?」
『……。』
椎名は何かを書こうとしたが急に手を止めて何か考え始めた。
急にどうしたんだと思いながら彼女の様子を眺めていたら、バッと勢い良く立ち上がって本棚のほうへ行き、僕に向かって手招きするので彼女に従って席を立つ。
本棚の前をゆっくりと歩き始め、並べてある本をパーッと見ながらキョロキョロしている。もしかしておすすめを聞いたから本を探してくれているのか?
少し前を歩いている椎名の後ろをゆっくりとついていく。こうやって後ろを歩いていると椎名との身長の差がよく分かる。
自分の身長と比べれば大体の女子は小さいと思うが椎名はほかの女子と比べても小柄だった。
「ちっさ……。女子みたい……。」
思わず口から出た言葉に自分で驚く。
女子みてぇってなんだよ。女子なんだから当たり前だろ。
お目当てのものを見つけたのかちょっと古めの本が置かれているコーナーの前で立ち止まった。
『これオススメのやつ!』
通知がなったスマホを見てみると椎名からメッセージが届いていた。本の題名を見てみると『』と書かれていた。かなり有名な本だ。
「へえ、面白そう。椎名はなんでこれが好きなの?」
『この本に出てくる魔法使いが好きなの!主人公の女の子の願いを叶えてくれる魔法使いが!』
そうやって笑顔で話す彼女に違和感を覚える。
魔法使いに願いを叶えてもらいたいのは椎名自身じゃないのかと。
「そうか…。僕も今これ見てみるよ。人も来そうにないしね。」
カウンターへと戻り、先ほどおすすめされた本を読んでみる。案外無言でも気まずくはならなかった。窓の隙間から吹く春風が心地よく、校庭から聞こえてくる部活をしている人たちの声はBGMとなっていた。
あの日発した言葉を僕は永遠に忘れることはないだろう。これは、僕が一生をかけて違わなければならない罪だ。
「あ、椎名ちゃんだ!」
授業が終わり、廊下に出た瞬間そう言った小村につられて目を向けた。
彼女の名前は椎名紡綺。入学してすぐに男子の中で可愛いと話題になった女の子だ。高校へと入学して一ヶ月がたったが、彼女に関する話が途絶えることはない。
窓から差し込む光によってキラキラと綺麗に見える長い髪と、心を和ませるような笑顔に目を惹かれる。
話せない代わりにノートや身振り手振り、表情で一生懸命伝えようとする彼女がみんな大好きだった。
「マジで顔がいいよなぁ~。」
「分かる。雰囲気もほわほわしてて可愛いよね。」
顔かよと思いながらも場の空気を悪くしないように適当にうなずく。この会話をするのも、もう何回目だと思うほどに話したことだ。
「あーあ、声が聞いてみたいなあ。絶対可愛いよなっ!」
確かにと心の中で共感する。彼女の雰囲気からとしてもきっと優しい声色なのだろうと予想する。
小村が「お前もそう思うよな」と言う言葉に返事をしようとしたが言葉が詰まってしまった。
「………。お前って本当に無口だよなあ。喋ってくれないとわかんねーぞ?」
「わ、悪い…。」
拗ねた小村に慌てて謝る。
「まあまあ、加藤の話はしってるだろ?落ち着けるようになるまで待ってやれよ。」
「そうだけどよお、やっぱり話せないのは寂しいぜ?」
小村はチラチラとこっちを見ながら目をうるうるとさせている。彼の末っ子気質がそうさせるのかその顔を見ると願いを聞いてあげたくなる。
「うっ…。頑張るよ…。」
僕はあることがきっかけで他人に関する話で自分がどう思うかを話すのが怖くなってしまった。自分の言葉で大変なことが起きてしまえば責任を取らなければならない。
「むっ、無理はするなよ?お前に辛い思いをさせたいわけじゃないからな。」
僕が無理をしていると思ったのか、小村は弁明する。
あたふたした小村を見ていると自然と口角が上がった。
この二人は出会った時からこうだった。
からかいはするが人を傷つけないように立ち回っている。人が話したくないことには不用意に踏み込んでこない。みんな二人のことをおちゃらけ者だと思っているがそれだけではないのだ。だから二人といて心地がいいのだと思う。
「ありがとう…。でも僕も二人と話したいから無理をしてるわけではないよ。」
そう言うと、二人はニヤニヤした顔で僕をみる。
「なんだよ…。」
「いやあ、加藤は俺らのことが大好きなんだなあって。」
「はあっ!?なんでそうなるんだよ。」
大好きだなんて言われて顔が赤くなっていく感覚がする。こんな年にもなって友達に好きと言う気持ちがバレるのは恥ずかしいのだ。本人に直接言われるとなると尚更だ。
「でも僕も加藤が僕たちと話したいと思ってくれてるって分かって嬉しいよ。」
浅田が今にも僕に飛びついてきそうな小村を抑えながら言った。どうして二人ともこんなに僕と話したいと思ってくれるのだろうか。二人とも僕がしたことについてしっているはずなのに。
二人がこう言ってくれても僕はいまだに思うのだ。
こんな僕に話す資格なんてない。
こんな人を傷つけてしまう口なんていらない。喋れなくなってしまえばいいのにと。
椎名が羨ましい………。
そう考えてしまい思わず口を抑える。こんなこと考えるなんて最低だ。椎名も苦しんでいるのに。
ふと視線を感じて振り向いてみると彼女がこちらを見ている気がしたが気づかなかったふりをした。あんなこと考えてしまって勝手に気まずく感じた。
そんな彼女と自分が関わる日が来るなんて思いもしなかった。
「委員会はくじで決めます。」
先生がそう言った瞬間クラス中からブーイングが飛ぶ。先生が「文句は言わない!」と一喝するとブツブツと文句を言いながらも、席が前の人から次々とくじを引いていく。委員に選ばれた人の紙には当たりと書かれているらしい。
くじを引いた人の反応は様々だ。ラッキ~と当たらなかったことを喜ぶ人もいれば、あ゛―!と悲鳴を上げる人もいる。
僕の番になり、どうせ当たらないだろと思いながらみんなと同じように箱に手を入れ紙を一枚とる。恐る恐る開いてみると紙には「当たり!!」と憎たらしく書かれていた。
うわっと思ったのが顔に出ていたのか教室からはクスクスと笑う声がかすかに聞こえる。
好きな委員会を自分で選べたのが不幸中の幸いだった。僕は一番仕事が少なく楽そうな図書委員会を選び、黒板に自分の名前を書く。
「うわ、加藤当たりじゃん。良かったね笑。」
「うるさい…。」
席についた瞬間、前の席である浅田が茶化してきた。イラッとしたのでツルツルとしたでこにデコピンをお見舞すると「うおっ!」と情けない声が聞こえたので満足した。
「当たったからって八つ当たりか~?次がある!どんまい!」
「なんだそれ…。」
くじを引いて戻ってきた小村の言葉に呆れる。慰めているつもりなんだろうか。
「そういう小村はどうだったんだ?」
浅田が聞く。この様子だと小村も当たりではなかったのだろう。
「ん?俺は体育委員になっちまったよ~。」
「いや小村も当たりだったんかい。」
思わず突っ込みを入れてしまう。なんだそれと笑いあっているといつの間にか、くじ引きは終わっており先生が「早く席につけ!」とキレていた。あらためて人の名前がズラリと並んだ黒板を見ると、ある名前が目に入る。椎名紡綺という文字が僕の名前の横に並んでいた。どうやら同じ委員会になったようだ。
「お前、椎名と一緒じゃん。」
「あー、そうみたい。」
椎名と一緒とは上手くやれるかすこし不安だ。この前の会話を聞かれていたかもしれないと思うと少し気まずい。
「こらそこ、私語はダメですよ。委員になった人は今日の放課後に委員会があるのでそれぞれの部屋に行ってくださいね。さぼったらダメですよ。特にそこの加藤と小村!」
「えぇ!俺!」
なんとも間抜けな声を出した小村にクラス中に笑いが走る。僕自身も含め、ほぼ全員が笑っていた。
ただ一人、椎名をのぞいて__。
「言われなくてもさぼったりなんかしねぇよ。なぁ?」
「そうだよね。」
委員会に向かいながら先ほどの愚痴をこぼす小村の声が響く。どうやらさっき先生に揶揄されたことがお気に召さなかったらしい。
「先生まで俺らをネタ扱いしやがって~。」
子供のように頬を膨らます小村にクスッと笑う。こういう顔に出やすいところがからかいやすいんだろうな。
小村の愚痴に付き合っているとあっという間に図書室についた。じゃあなと告げて別れようとすると、やっぱり行きたくないと言いしがみついてきたので遠慮なく引きはがし急いで部屋に入る。先ほどさぼったりしないと言っていたのは何だったんだ。
部屋には結構な人数が集まっており、少し気まずさを感じながらそそくさと席に座った。椎名はもう来ていたようで静かに座っていた。よろしくぐらい言った方が良いのか…?と考えていると服の袖を引かれる。椎名のほうを見るとノートを持っており、そこには小さく
『よろしくね』
と書かれていた。なるほど筆談かと、席に座りペンを探す。そして椎名の文字の横に
『こちらこそよろしく』
と書きたした。彼女は満足したというように満面の笑みを浮かべた。話せない分表情が豊かで、何を考えているか分かりやすい。委員長が入って来て号令をかけ会議が始まる。今日はひとまず自己紹介をし、それから図書当番の曜日を決めるらしい。
当番なんてあったのか。思ったより大変そうで落胆する。
「2-A、――です。」
あぁ次は僕らか。椎名さんと一緒に席を立つ。
「2-B、加藤翠です。」
そういえば椎名はどうするんだろうと横を見てみるとノートを持ってあたふたしていた。ノートには『椎名紡綺です』と書かれているものの、みんなはポカーンとしていた。仕方ないと思い代わりに僕が読み上げる。
「彼女は椎名紡綺です。よろしくお願いします。」
それだけ言いさっさと席に座る。あそこまで露骨に反応しなくてもと思ったが僕が言えたことじゃない。
『ありがとう』と書かれたノートを横から差し出される。
『別に大したことしてないから気にしないで』
返事としては少し素っ気なかったかと思ったが、彼女はニコニコと笑っていた。
人と話すために筆談って大変だな。ノートの彼女の字を見る。小さくて丸っこいかわいい字で椎名って感じだ。僕の字はカクカクしており不格好で少し恥ずかしい。なにより椎名の隣に並んでいるのがむずがゆかった。
後の会議は淡々と進んだ。僕たちの当番日は水曜日になったらしい。会議も終了し解散となった。
図書室を出る椎名を呼び止める。
『どうしたの?』
「椎名が良かったら連絡先交換しない?何かあったときとか便利だし。それに打つほうが書くより楽じゃない?」
『確かに!』
思いつかなかったと思っているのだろう。慌ててスマホを取り出している。
連絡先を交換すると同時に椎名をピン止めする。このほうが会話が楽だしな。
『じゃあまた水曜日に』
早速メッセージが送られてくる。おう!またなと手を振り帰路につく。
一番上にある名前を改めてみると少し耳が赤くなる感じがした。気のせい気のせいと自分に言い聞かせながら急いで家に帰った。
***********
一週間がたつのは早く、あっという間に水曜日となった。
図書当番といっても本を借りに来る人は少なく、カウンターに座っておくだけらしい。
カウンターに座ってはや10分が経過した。僕はスマホで動画を見て暇をつぶしていたが隣にいる椎名さんは10分間じっと座っているだけだった。そのせいで無言が気まずく静寂をかき消すために試しに話しかけてみることにした。
「あー、椎名ってさ何で図書委員会にしたの?やっぱり本が好きとか?」
質問をしてから彼女がポカンと不思議そうに自分を見つめてくるので失敗したかと思ったがノートを取り出しスラスラと文字を書いていく。
『そうなの!図書委員になれば仕事をしながら本を読めると思って…。』
「へーおすすめの本とかあるの?」
『……。』
椎名は何かを書こうとしたが急に手を止めて何か考え始めた。
急にどうしたんだと思いながら彼女の様子を眺めていたら、バッと勢い良く立ち上がって本棚のほうへ行き、僕に向かって手招きするので彼女に従って席を立つ。
本棚の前をゆっくりと歩き始め、並べてある本をパーッと見ながらキョロキョロしている。もしかしておすすめを聞いたから本を探してくれているのか?
少し前を歩いている椎名の後ろをゆっくりとついていく。こうやって後ろを歩いていると椎名との身長の差がよく分かる。
自分の身長と比べれば大体の女子は小さいと思うが椎名はほかの女子と比べても小柄だった。
「ちっさ……。女子みたい……。」
思わず口から出た言葉に自分で驚く。
女子みてぇってなんだよ。女子なんだから当たり前だろ。
お目当てのものを見つけたのかちょっと古めの本が置かれているコーナーの前で立ち止まった。
『これオススメのやつ!』
通知がなったスマホを見てみると椎名からメッセージが届いていた。本の題名を見てみると『』と書かれていた。かなり有名な本だ。
「へえ、面白そう。椎名はなんでこれが好きなの?」
『この本に出てくる魔法使いが好きなの!主人公の女の子の願いを叶えてくれる魔法使いが!』
そうやって笑顔で話す彼女に違和感を覚える。
魔法使いに願いを叶えてもらいたいのは椎名自身じゃないのかと。
「そうか…。僕も今これ見てみるよ。人も来そうにないしね。」
カウンターへと戻り、先ほどおすすめされた本を読んでみる。案外無言でも気まずくはならなかった。窓の隙間から吹く春風が心地よく、校庭から聞こえてくる部活をしている人たちの声はBGMとなっていた。