「あ、椎名ちゃんだ!」
授業が終わり、廊下に出た瞬間そう言った小村につられて目を向けた。
彼女の名前は椎名紡綺。最近学年でもっとも話題の女の子。
窓から差し込む光によってキラキラと綺麗に見える長い髪と、心を和ませるような笑顔に目を惹かれる。
ほんわかとした雰囲気に心優しい性格で誰にでも好かれてそうな彼女だったが生まれつき話すことができず、そのせいで周りからは浮いていた。
「マジで顔がいいよなぁ~。」
「分かる。雰囲気もほわほわしてて可愛いよね。」
顔かよと思いながらも場の空気を悪くしないように適当にうなずく。この会話をするのも、もう何回目だと思うほどに話したことだ。
そして決まって言うのが、
「あーあ、あれで話せたらな~。」
という言葉だ。椎名との距離も近いというのに聞こえないと思っているのだろうか。浅田と小村は僕が聞こえてないだろうかとヒヤヒヤしているとも知らずに夢中で話している。
小村の「お前もそう思うよな」という言葉に一瞬詰まったが「そうだな」と返す。彼女がこちらを見ている気がしたが気づかなかったふりをした。
そんな彼女と自分が関わる日が来るなんて思いもしなかった。
「委員会はくじで決めます。」
先生がそう言った瞬間クラス中からブーイングが飛ぶ。先生が「文句は言わない!」と一喝するとブツブツと文句を言いながらも、席が前の人から次々とくじを引いていく。委員に選ばれた人の紙には当たりと書かれているらしい。
くじを引いた人の反応は様々だ。ラッキ~と当たらなかったことを喜ぶ人もいれば、あ゛―!と悲鳴を上げる人もいる。
僕のばんになり、どうせ当たらないだろと思いながらみんなと同じように箱に手を入れ紙を一枚とる。恐る恐る開いてみると紙には「当たり!!」と憎たらしく書かれていた。
うわっと思ったのが顔に出ていたのか教室からはクスクスと笑う声がかすかに聞こえる。
好きな委員会を自分で選べたのが不幸中の幸いだった。僕は一番仕事が少なく楽そうな図書委員会を選び、黒板に自分の名前を書く。
「うわ、加藤当たりじゃん。良かったね笑。」
「黙れ。」
席についた瞬間、前の席である浅田が茶化してきた。イラッとしたので椅子を少しガンッ蹴とばしてやると「うおっ!」と情けない声が聞こえたので満足する。
「当たったからって八つ当たりか~?次がある!どんまい!」
「なんだそれ…。」
くじを引いて戻ってきた小村の言葉に呆れる。慰めているつもりなんだろうか。
「そういう小村はどうだったんだ?」
浅田が聞く。この様子だと小村も当たりではなかったのだろう。
「ん?俺は体育委員になっちまったよ~。」
「いや小村も当たりだったんかい。」
思わず突っ込みを入れてしまう。なんだそれと笑いあっているといつの間にか、くじ引きは終わっており先生が「早く席につけ!」とキレていた。あらためて人の名前がズラリと並んだ黒板を見ると、ある名前が目に入る。椎名紡綺という文字が僕の名前の横に並んでいた。どうやら同じ委員会になったようだ。
「お前、椎名と一緒じゃん。」
「あー、そうみたい。」
椎名と一緒とは上手くやれるかすこし不安だ。この前の会話を聞かれていたかもしれないと思うと少し気まずい。
「こらそこ、私語はダメですよ。委員になった人は今日の放課後に委員会があるのでそれぞれの部屋に行ってくださいね。さぼったらダメですよ。特にそこの加藤と小村!」
「えぇ!俺!」
なんとも間抜けな声を出した小村にクラス中に笑いが走る。僕自身も含め、ほぼ全員が笑っていた。
ただ一人、椎名をのぞいて__。
「言われなくてもさぼったりなんかしねぇよ。なぁ?」
「あぁ。まったく失礼だよ。」
委員会に向かいながら先ほどの愚痴をこぼす小村の声が響く。どうやらさっき先生に揶揄されたことがお気に召さなかったらしい。
「先生まで俺らをネタ扱いしやがって~。」
子供のように頬を膨らます小村にクスッと笑う。こういう顔に出やすいところがからかいやすいんだろうな。
小村の愚痴に付き合っているとあっという間に図書室についた。じゃあなと告げて別れようとすると、やっぱり行きたくないと言いしがみついてきたので遠慮なく引きはがし急いで部屋に入る。さっきさぼったりしないと言っていたのは何だったんだ。
部屋には結構な人数が集まっており、少し気まずさを感じながらそそくさと席に座った。椎名はもう来ていたようで静かに座っていた。よろしくぐらい言った方が良いのか…?と考えていると服の袖を引かれる。椎名のほうを見るとノートを持っており、そこには小さく
『よろしくね』
と書かれていた。なるほど筆談かと、席に座りペンを探す。そして椎名の文字の横に
『こちらこそよろしく』
と書きたした。彼女は満足したというように満面の笑みを浮かべた。話せない分表情が豊かなのだろうか、何を考えているか分かりやすい。委員長が入って来て号令をかけ会議が始まる。今日はひとまず自己紹介をし、それから図書当番の曜日を決めるらしい。
当番なんてあったのか。せっかく楽できると思ったのにと落胆する。
「2-A、――です。」
あぁ次は僕らか。椎名さんと一緒に席を立つ。
「2-B、加藤翠です。」
そういえば椎名はどうするんだろうと横を見てみるとノートを持ってあたふたしていた。ノートには『椎名紡綺です』と書かれているものの、みんなはポカーンとしていた。仕方ないと思い代わりに僕が読み上げる。
「彼女は椎名紡綺です。よろしくお願いします。」
それだけ言いさっさと席に座る。あそこまで露骨に反応しなくてもと思ったが僕が言えたことじゃない。
『ありがとう』と書かれたノートを横から差し出される。
『別に大したことしてないから気にしないで』
返事としては少し素っ気なかったかと思ったが、彼女はニコニコと笑っていた。
人と話すために筆談って大変だな。ノートの彼女の字を見る。小さくて丸っこいかわいい字で椎名って感じだ。僕の字はカクカクしており不格好で少し恥ずかしい。なにより椎名の隣に並んでいるのがむずがゆかった。
後の会議は淡々と進んだ。僕たちの当番日は水曜日になったらしい。会議も終了し解散となった。
図書室を出る椎名を呼び止める。
『どうしたの?』
「椎名が良かったら連絡先交換しない?何かあったときとか便利だし。それに打つほうが書くより楽じゃない?」
『確かに!』
思いつかなかったと思っているのだろう。慌ててスマホを取り出している。
連絡先を交換すると同時に椎名をピン止めする。このほうが会話が楽だしな。
『じゃあまた水曜日に』
早速メッセージが送られてくる。おう!またなと手を振り帰路につく。
一番上にある名前を改めてみると少し耳が赤くなる感じがした。気のせい気のせいと自分に言い聞かせながら急いで家に帰った。
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一週間がたつのは早く、あっという間に水曜日となった。
図書当番といっても本を借りに来る人は少なく、カウンターに座っておくだけらしい。
カウンターに座ってはや10分が経過した。僕はスマホで動画を見て暇をつぶしていたが隣にいる椎名さんは10分間じっと座っているだけだった。そのせいで無言が気まずく静寂をかき消すために試しに話しかけてみることにした。
「あー、椎名ってさ何で図書委員会にしたの?やっぱり本が好きとか?」
質問をしてから彼女がポカンと不思議そうに自分を見つめてくるので失敗したかと思ったがノートを取り出しスラスラと文字を書いていく。
『そうなの!図書委員になれば仕事をしながら本を読めると思って…。』
「へーおすすめの本とかあんの?」
『……。』
椎名は何かを書こうとしたが急に手を止めて何か考え始めた。
急にどうしたんだと思いながら彼女の様子を眺めていたら、バッと勢い良く立ち上がって本棚のほうへ行き、僕に向かって手招きするので彼女に従って席を立つ。
本棚の前をゆっくりと歩き始め、並べてある本をパーッと見ながらキョロキョロしている。もしかしておすすめを聞いたから本を探してくれているのか?
少し前を歩いている椎名の後ろをゆっくりとついていく。こうやって後ろを歩いていると椎名との身長の差がよく分かる。
自分の身長と比べれば大体の女子は小さいと思うが椎名はほかの女子と比べても小柄だった。
「ちっさ……。女子みてぇ……。」
思わず口から出た言葉に自分で驚く。
女子みてぇってなんだよ。女子なんだから当たり前だろ。
お目当てのものを見つけたのかちょっと古めの本が置かれているコーナーの前で立ち止まった。