ホームルーム後、一年生歓迎会のために体育館に人が集まり始めた。
隣にいる小絵は歓迎会を楽しみにしている。
「菜穂どうしたの、 何か慌ててる?」
「別に……」
小絵は首を傾げたが、私は視線をそらした。
歓迎会が始まると二、三年生の実行委員のもとで歌やゲームが続き、時間があっという間に過ぎた。
でも私の意識は正直それどころじゃなかった。
歓迎会が終盤に差し掛かるところで青山が樹を引っ張る。
私は言葉を失って二人を見つめていた。
「どこ行く気なの? あの二人」
小絵は私に聞くが、言葉が出てこない。
「あ……はは」
いたたまれない気持ちになるが、私は何もせずに大人しく座っていようと決めた。でも青山に連れていかれそうになる直前、樹が私の腕をとっさに掴んだ。
「ちょ……!?」
樹が頼むと言った様子で訴え、私はどうしてもその目を避けられずにしぶしぶついていくことにした。
「え、菜穂も行くの? ずるい! 三人だけの秘密!?」
小絵は怒ったが
「楽しくないから待ってて」
と伝えると、小絵はきょとんとしていた。
舞台裏に辿り着くと、歓迎会実行委員の生徒が準備で忙しそうにしていた。邪魔にならない位置で樹は掴んでいた私の腕を離した。
「私を連れてきても何もできないからね!」
「ふーん」
樹がじっと私を見る。誰のせいだと言われてるみたいで私はたじろいでしまう。
「まさか歓迎会が今日だと思わないじゃん!」
強かな目線の樹に反論すると、樹は表情を変えることなく私を見てくる。でも分かっている。今は樹とやり合ってる場合じゃない。樹もきっと同じ気持ちだ。
「どうする?」
私はうろたえ、
「どうしような……」
樹はため息をつく。それをよそに青山は楽しそうである。
「舞台にキーボード置いてあるよ。俺は準備してくる!」
「え、俺はキーボードも弾くの?」
「誰が他にいるんだよ、頼んだぞ!」
青山は行ってしまった。準備も一体何なのか不明である。
「行っちゃったな」
「本当だよ。勝手だなぁ」
青山の行った方向を見ながら何も案が思い付かないまま、私はもう一度樹を見た。
私は内心驚いた。
そこにうろたえた樹はもういなくなっていた。
違う雰囲気で冷静に立っている樹がいる。
「樹?」
「さっきから考えてたんだけどさ、今一番流行ってる歌って何だと思う?」
「一番流行ってる歌?」
「一番って難しいよな。好みも人それぞれで音楽番組でもランキングは変動するしさ」
樹の一番好きな歌ならいつも歌うCM曲と即答できるが、今一番流行っているとなるとすぐに出てこない。それでも何とか考えていると、昨日見た音楽番組が頭の中に過った。
「私も一番流行ってる曲は分からないけど、でも昨日の音楽番組は確か、昨日の一位は……」
昨日の音楽番組で一位になった歌のタイトルを思い出し、伝えると
「それいいかも。ありがとう」
樹は頷いた。
もう一人の樹がいる、と思った。
表情も立ち振る舞い方もさっきまでの優しく穏やかな雰囲気が一変する。冷静でキリっとし、どこか人を寄せないような雰囲気は、不思議と冷たくは映らない。
それは私が幼い頃から見てきた……大好きな樹の姿だった。
「……やるか」
シンガーソングライターを目指す樹に、今スイッチが入った。