「あ、そうだ樹。一年生歓迎会あるじゃん?」
「一年生歓迎会?」
唐突の青山の話に、自転車を漕ぎながら樹は首を傾げた。
「あ、お前はお知らせの紙を見てないな」
「紙……」
樹は前を向いたまま黙り込んだ。
「菜穂ちゃんは分かるよね?」
青山が振り向く。今の会話を聞き、私は瞬時に思い出した。
「一年の入学のお祝いを二、三年生がしてくれるんだよね?」
「正解!」
「それが何?」
樹が聞くと
「お前それに出るんだよ」
さらっと青山が言った。
「ん?」
「一年生歓迎会会場の体育館で、お前は歌うんだ」
「は? え?」
嬉しそうに話す青山をちらりと見て戸惑いながらも、樹は冷静に話を聞く。
「何で俺が歌うの?」
「樹は歌が上手いだろ?」
「一年生歓迎会だよな?」
「うん」
「俺は今年入学したよな」
「そうだな」
「じゃあ一年の俺は歌わないよな?」
「いや歌う」
「はぁー?」
青山の言葉に、樹はさらに戸惑っていた。
「二、三年生が歓迎会やってくれた後で、一年がお礼として何かやんなきゃいけないんだよ。で、実行委員の俺は思ったわけよ。これは樹が歌えば成立だと」
名案だとばかりに話す青山に、呆れた様子で樹は話を返す。
「何成立させてんだよ」
「あはは」
「あははじゃなくて。てか、実行委員のお前が何かやれ」
「何言ってるんだよ。俺一年だもん」
「俺もだ! しかも俺は実行委員じゃない」
「俺は何もできない」
「青山の家族は音楽一家でだいたいの楽器を一通り弾ける才能がある。てかサボテン語れば? 詳しいんだろ?」
「えー? 無茶言うなよ」
「青山だろ、無茶言ってんのは」
樹が言うと、青山は運転する樹の体を軽く揺すった。
「樹ー。俺は困ってるんだ!」
「俺も困ってる!」
思わず叫ぶ樹は自転車を漕ぎながら少し振り返り、私に向かって叫ぶ。
「菜穂なんとかしてー」
「……青山、フラれてるよ」
樹の声に瞬時に反応して青山に声をかけると、
「いいや。俺はフラれてないし、フラれるつもりもない」
青山は首を横に振った。
「樹、青山強いわ」
「俺はやらない」
樹の気持ちには強く同情できる。
けど少し考え、私は樹に言った。
「やってあげなよ、樹」
樹はため息をついた。
「俺に味方はいないのか」
「青山が言うのは一理あるよ」
「一理?」
「オーディション来月なんでしょ? 練習だと思ってさ」
樹は唸っている。迷っていると言った方が正しいのかもしれない。色々考え、
「俺一人が舞台で歌ったらずるしてるみたいだよ? ……それなら俺にも舞台で歌わせろってクレーム来そう」
と呟くと
「納得するよ」
青山は少し落ち着いた声で言った。
「え?」
「何故樹だけ舞台に立つか、樹の声でみんな納得するよ」
青山の言っている意味がやはり分からずにまた樹は唸り始めた。けどその後で
「……分かった、よ」
と渋々返事をした。
「まじ!?」
「……うん」
「ありがとう、樹!」
「わ、抱きつくな! 運転してるんだぞ!」
ジグザグに進むその自転車を見て、後ろから笑ってしまう。青山は嬉しそうにぎゅっと樹を抱き締めている。
海をゆっくりと通り過ぎ、学校の門をくぐる。
私が慣れない自転車に乗ったせいで到着する時間はロスしたが、登校の時間に間に合った。
「そういえば青山、その歓迎会いつあるんだ?」
樹が聞き、私も考える。お知らせの手紙は思い出せても日付までは思い出せなかった。
抱きつく樹からぱっと離れた青山は顔を上げる。
「今日だよ!」
「きょ……!?」
「今日!」
青山のしれっとした返事に、樹と私は同時に叫んだ。
「えー!?」