何でもない会話をしているうちに、家の前に着いた。
私が自転車を降りると、樹も自転車を降りて自分の家の庭まで自転車をひいていく。
私は自分の家の門をあけて自転車を止め、鞄を玄関に置いて、隣の家に直行する。
樹が制服のポケットから家の鍵を取り出すのを見て、私は思い出した。
「あ、今日樹のお母さんパートの日だ」
「そう、水曜日と金曜日はパート。だから今家に誰もいないんだよね」
樹は鍵を開けた。扉を開けてくれたので、遠慮なく先に私が玄関に入った。
「何か飲み物とってくるから、先に俺の部屋に行ってて」
と言われ、私は頷いて階段を上がる。
二階にある樹の部屋はシックな色合いで、ピアノと勉強机が右側に、本棚とベッドが反対側に設置されている。ベッドはいつもソファー代わりで、テレビが見えやすい位置にある。
ベッドに座りながらゲームをするため、私と樹は隣同士で座り、目の前にある細長い机に飲み物を置いている。
勉強机に目を向けると机の上に置いてある樹の書いた一枚の楽譜を見つけた。
「凄いなぁ」
私は地味に感動する。
私は楽譜を読むのが苦手だ。でも時間を少しもらえばメロディーはつかめる。
鼻唄にしてその楽譜を辿るが、楽譜はまだ未完成のようだった。
「どんな曲になるんだろう?」
なんて考えていると扉が開き、樹はペットボトルを二本手にして戻ってきた。
「ゲームやりますよ」
樹が明るく言うので私は笑って頷き、そっと楽譜を勉強机に置く。
樹はペットボトルを細長い机に置いてゲームをセットしている時に、私はベッドに座った。
「はい、菜穂」
ゲームをセットし終わった樹が近づいてきて、立ったまま私にコントローラーを渡す。
「よし、今日は勝つ!」
私はコントローラーを両手で持ちテレビを見た。そしてすぐ違和感に気づく。テレビの画面が真っ黒だ。
「テレビの電源が入ってない……」
辺りを見回すと、目の前の細長い机の上にリモコンをすぐに見つける。
「あ、あった」
手を伸ばしたが、私は途中でリモコンを取ろうとした手を止めた。
ベッドが少し揺れて、座っている私の背中にふわっと、本当に軽く何かが覆い被さったかと思うと、温かさが伝わってくる。自分の腰に両腕が回った時、この手が樹の手だと気づき、抱きしめられているのだと気づいた。