南部の魔獣達をまとめ上げたゴブリン達、付き従う魔獣達は急激な行軍に疲れ果てていた。そして、大陸南部のドラゴンの谷では、ゴブリンを筆頭にした軍団が休息を取っていた。
 
 ズマとエレナは、大陸北部の状況をスールの眷属から伝えられていない。谷で留守を守っていたスールの眷属とて、詳しい状況は理解していない。精々、大陸北部や西部から魔獣達が避難している位である。
 スールの眷属は、ゴブリン軍団の要求に応え、食料を分け与えると同時に、暫しの休養を認めた。
 
 しかし、ゆっくりと休養が出来るはずも無かった。大陸北部から流れてくるマナの異様な変化、それを感じ取ったエレナとズマは顔を見合わせた。

「教官。北から何か嫌な気配を感じます」
「ズマ、お前も感じたかニャ。全軍を動かせ。直ぐに北へ向かう」
「冬也殿の指示は、この谷に辿り着く事。宜しいのですか?」
「当たり前ニャ。この為に、南部の魔獣を制圧したニャ。急がないと役立たずで終わるニャ」
「畏まりました教官。全軍を北部へ向かわせます」
「作戦は、今まで通りニャ。トロール、バジリスク隊を前面に、ウルガルム、ケルベロス隊を左右に展開させて警戒にあたらせるニャ!」
「スライムは如何致しましょう?」
「あいつらは、ゴブリン隊の後方に配置しておくニャ! 北がどんな状況かわからないニャ。いつでも前線に出せるようにはしておくニャ!」

 ズマは素早く部隊長に命じ、出撃の準備を行わせる。そしてエレナは、谷の上方で見下ろしていたスールの眷属に声をかける。

「休憩は終了ニャ! 直ぐに出発するニャ!」
「そうか。お前たちも気が付いたのか?」
「やばそうな雰囲気ニャ。何が起きてるニャ?」
「わからん。だが、北部から非難した魔獣達と、直ぐに合流する必要はあるだろうな」
「なら、合流場所だけ教えるニャ。お前は私達の合流を、そいつ等に教えてくるニャ」
「そっちには我が同胞が居る。我の役目はお前達を、合流させる事だ」
「馬鹿なのかニャ? こんな大軍団がいきなり行っても混乱しない様に、先に連絡しろって言ってるニャ! 連絡出来たら、戻ってくれば良いニャ」
「生意気な猫め!」
「良いから行くニャ! 行かなければ、お前はただの役立たずニャ!」

 スールの眷属は眉をひそめて飛び上がる。それを見送るエレナは、これから起こるだろう本当の戦いを思い浮かべて溜息をついた。

 巨大な力を持つドラゴンの声色からも、緊張が伝わる。何が始まってもおかしくない。そしてエレナは気を引き締めなおす。ここで出会った仲間達を守り抜くと、心に強く誓った。
 
「教官、準備が整いました。出発しましょう」
「わかったニャ。ここからは、私も前線に出るニャ。ズマ、お前は指揮に専念するニャ」
「畏まりました。お力、お借り致します」
「全員が無事で、またここに戻るニャ」
「はい!」

 ゴブリン軍団は、進軍を開始する。待ち受けるのは、悪意に染まった地獄。大陸を救うなど、大仰な事は考えまい。ただ仲間を守る。その為に力を尽くす。
 エレナ、ズマを筆頭に、ゴブリン軍団の面々が気を吐いた。

 ☆ ☆ ☆

 ブルを乗せたスールの眷属は、全力を超え加速していた。
 マナが尽きても構わない。大陸が救えるのなら、それでも構わない。それだけの覚悟で、飛び続けていた。

 ただ、背に乗るブルが、それを許すはずがない。
 ブルは荷物の中にある果物を手に取り、スールの眷属の口の中に放り込む。果物の影響で、スールの眷属に力が漲っていく。
 マナが尽きては、果物で回復をする。過酷な試練の様な状況下で、二体の魔獣には心が通い始めていた。

「くそっ。これ以上は早くならん!」
「焦らなくて良いんだな」
「な、急がせたのは貴様ではないか! 散々動揺していたくせに!」
「あの時は、冬也の気配が消えていたんだな。今は有るんだな」
「そうか、冬也様はご無事か。しかし、それが急がぬ理由にはなるまい」
「倒れない様に、おでがお前の回復をしてやるんだな」
「馬鹿者! それは元々冬也様のお力だろうが!」
「お前の口に入れてるのは、おでなんだな。感謝するんだな」

 軽口を叩きながら、急く心を堪えて懸命に急ぐ。
 頼まれた武器を運ぶため、大陸の窮地を救うため、二体の魔獣は大空を駆けた。そして先を急ぐ彼らの前方に、高速で近づく影が見える。
 それは凄まじい勢いで二体に近づくと、空中で急制動をした。

「まだこんな場所に居たか、スールの眷属。ペスカ様の命で迎えに来た。荷物を渡せ」

 ブル達の前に現れたのは、ミューモの眷属が二体。かけられた言葉通りに、スールの眷属は抱えていた荷物を、ミューモの眷属達に空中で渡す。

「先に行くぞ、スールの眷属。そのデカいのを乗せては、速度が上がるまい。焦らずに来い」

 高速で飛び去るミューモの眷属達。荷物が減り、少し軽くなったスールの眷属は、追いかける様に速度を上げる。
 目指す大地は、混沌が溢れる異形の地。明日への想いを繋ぎ、大空を飛翔する。
  
「大丈夫なんだな。おでが何とかするんだな」

 呑気に響く声の主は、大陸を救う切り札となり得る。大切な友の為に、ブルは魔攻砲を握りしめた。

 ☆ ☆ ☆

 ミューモの眷属がブル達と接触した頃、ペスカの元に眷属を引き連れたミューモが到着していた。

「ペスカ様!」
「わかってる。ブル達の迎えは?」
「向かわせました。今少しで合流出来るかと」
「よし。じゃあ、あんたの眷属を一体、直ぐに南に向かわせて! 境界沿い辺りに、非難した連中とまとめてるスールとノーヴェの眷属が待機しているはずだから。そいつ等を直ぐに、スールの援護に向かわせて」
「畏まりました」

 ミューモは頷くと、直ぐに眷属を南部の境界沿いに向かわせる。

「あんたの眷属は、一体残していくよ。まだノーヴェとベヒモス達が、目を覚ましてないしね。あんたは、巨人達を連れて直ぐに出撃だよ」
「畏まりました。ペスカ様はどうされるので?」
「私も行くよ。お兄ちゃんの力にならないとね」

 ミューモは、頷くと巨人達の待機場所へ向かう。そしてペスカは、風の女神に視線を向けた。

「姐さん。ちょっと行ってくるよ」
「あぁ。気を付けるんだよ」
「わかってる。これ以上の想定外は、起こさせないよ」
「頼むよ。倒れてる連中は、あたしが見といてやるよ。安心して行ってきな」
「ありがとう姐さん。山さんとの連絡も忘れないでね」
「あぁ。ついでに、ここいらに眠ってる土地神達を目覚めさせとく」

 最悪の事態が起きている事に、ペスカと風の女神は気が付いていた。
 邪神が自身の存在をかけて起こした最大の罠。大陸北部を埋め尽くしていた黒いスライムが、全て黒いモンスターに姿を変えている。
 黒いドラゴンは空を埋め尽くし、数種の黒いモンスターの大群は、ノーヴェが作った高い山脈を壊そうと暴れている。ゾンビの大群は、今も数を増やしている。
 
 魔獣軍団の進軍が南部と西部で開始されたとは言え、直ぐに戦場に到着しない。大陸北部に残されたのは、冬也とスール。孤独な戦いは続く。

 終わらない戦いに、終止符を打つために。