「あんた、一泊二日でどこ行くん」
風呂上がりなのかホカホカと火照ったパジャマを着た母親が私の部屋にきた。ノックなんかない。母親は私がなんでも許すと思っている。

「大阪。牧山さんとこ」
ちょうどキャリーバッグを床一面に広げて、パズルのように荷物を組み立てるところだった。

「まきやまぁ?誰?」

「ほら、中学の友達」

「…ああ、この間結婚した子な」

母親に嫌な思い出し方をされて、私は黙り込む。
キャリーバッグにパッキングされたペンライトとパジャマがこちらを見つめた。

「あんた、牧山さんに誰かええ人紹介してもらったら?」

「大阪でええ人見つけて、私がこの家出ていってええの?ねぇちゃん、後継がんかったやんか」

「あんたが引き連れて、こっち帰ってきな。名字残してもらわな困るわ」

中海とかいう名字、誰が欲しいんだ。あと誰がこんな田舎に帰ってくるんだよ。
そんな言葉を飲み込む。
長男長女が家を継ぐというルールに吐き気がして、一瞬飲み込んだ言葉が出そうになった。

姉はこんな家族や風土に嫌気がしたから早々に結婚して、両親(よりも祖父母)と喧嘩別れのような形で家を出ていった。

姉はズルい。跡を継ぐか継がないか選択できないはずなのに、継がなくても、妹を犠牲にすれば名字は残せるし、自分は自分の人生を生きられるのだから。


「アイドルばっかり見ないで、周りを見なよ。ほな母さん寝ます。風呂掃除よろしく」


アイドル見て、結婚したいとか思う、オタクのように母親には見えてるんだろうか。

結婚したくない理由にアイドルを上げないと、私はアイドルオタクをしたら駄目なのだろうか。
友達と会うためにアイドルオタクをしたら駄目なのだろうか。

りーくんは、私の彼氏になんかならない。なってほしくない。

普通に好きな人と幸せになって欲しい。ゴシップなんかに晒されず。もし晒されても堂々としていてほしい。

ただそれだけの気持ちで応援しているのに。

私が結婚したくない理由が、
「結婚したくないから」という事を言っても分かっては貰えないんだろう。

逆に、
結婚したい理由は
「この年になって結婚してないのは何らかしらの欠陥があると思われたくない」
という事が挙げられる。

この街で、そう思われない年齢は27から29あたりが限界だった。

沙良も、分かってくれないだろう。私が結婚したくない理由を。