「麻沙美ちゃん、休みの日なにしてるん」

職場の年配看護師から声をかけられる。
私は介護士として、病院に勤務してもうすぐ6年。大学を卒業して、公務員か会社事務になりたかったのに。
全部面接に落ちたから私はここにいるのだった。
誰にも選ばれない辛さを体験した1年の事を思い出したくない。
沙良にも相談したけど私よりもいい会社に入社したのを知ってから、もう何も言えなくなった。

「何って、…あんまり趣味という趣味ないです」

アイドルをほどほどに応援している、と言えば、理解してくれるんだ人種とそうじゃない、人が夢中になっていることに水を差す事が大好きな人種がいることを知っている。

この看護師は後者だとなんとなくすぐ分かった。直感だった。

「彼氏は?」

「おりません」

「え?年いくつになったの?」

「27ですけど」

「え!?見えへんわ。もっと大人っぽくみえた!」

27より大人っぽいは何なんだよ。ババアにババアって言われる筋合いはねえわ。

なんて言えず、笑って誤魔化した。

「はよ結婚しなよ。ご両親、安心させて孫も見せたげてな。私の子供も…」

聞き慣れた言葉。結婚というワードがNGになっている私の耳はその単語以降、話がフェードアウトしていくようになっている。


田舎特有のその発想が嫌いだった。
男性スタッフには絶対そんな言葉いわないだろ。
それが分かるから嫌だった。
結婚して、旦那に尽くす。
子どもができて、熱が出たら私が休む。
ご飯も私が作って、洗濯も私がして。

男尊女卑じゃないかと思うけど、それが当たり前の時代を生きてきた人たちがこの街には多い。
そんな人ばかりじゃないと分かっていても

高齢化と過疎化が進むこの街では、その考えをする濃度が高くなっていった。

沙良みたいに大学、県外に行ければ良かった。

そのまま県外で就職できればよかった。

でも、私が大学進学する条件が県内の大学に進学することで、実家から通うことだったから仕方なかった。

周りがそう言うし、実際地元にいる同級生の多くは結婚して子供も2人いる。家も建ててるなんてザラだった。


友達も家庭を持つと次第に付き合いがなくなり、
私は家庭もないのに誰とも遊ばなくなった。

その隙間時間を埋めてくれたのが桜井理人くん、りーくんだった。

りーくんは男性ファンにも女性ファンにも対応を変えず、笑顔で手を振ってくれる。

他のメンバーは女の子をお姫さまみたいに扱い、男性ファンを友人のように気さくに接する。

りーくんはちょっと違う。

その人と昔から知り合いだったみたいに近すぎず遠すぎない距離でいてくれる。ステージの上から、ファンサうちわに反応しすぎず、たまたま目があったら手を振る。
他のオタクからはファンサしない、ペンサしないと不服そうな意見が聞かれているけど、私はそれでいい。

私を知らないままでいてほしい。
好きとかリア恋とかいらない。

ただ仕事としてアイドルをしている姿をスマホやテレビで見るだけで良かった。

それに、りーくんがいるアイドルを推すことで、沙良と話をするようになった。

りーくんが好きなのは、沙良と話をするための手段なだけだった。沙良には言ったことない。

沙良があまりにも『推し活仲間できて嬉しい』と喜び毎日連絡くれるから。沙良のためだよなんて言えやしなかった。

沙良は結婚して、県外で働いているから会う機会はほぼない。会いに行こうにも私はシフト制で、相手は土日休み、旦那さんの都合もある。中学生の頃みたいに簡単にはもう会えない。

『クラセル、ライブある!!!ら、』

Chrysalis、さなぎという意味のグループを推して2年の事だった。

私が友達と会う事ができる理由。出かけても許される理由

結婚式、そしてライブだった。