「…結局、音漏れ参戦。さいあく。空席、ステージから見えたら神楽くんショック受けちゃうよ」

「初めてのライブやろ?多分必死やからそこまで見る余裕ないよ」


グループカラーの藍色のフラッグがたなびく物販エリアはさっきより人が少ない。グッズがほぼ完売したからだろう。

生ぬるい風が私たちのスカートを揺らした。
適当に置かれた石出できたベンチに腰掛けた私は、沙良を隣に座らせて、背中を擦り続けた。

「神楽くんはプロアイドルだから分かります」

「それは本人しか知らんけど。沙良が言うならそうかもな」

アリーナからかすかに聞こえる音が風向きによって私たちのところまで運ばれてくる。

「麻沙美だけでも行きな。私も後で行くから。空席はだめだから」

「私らがおらんかったら売れんアイドルとか。多分これからも売れんよ。国民投票はしたけど、デビューしたらもう私ら、プロデューサー面できんよ」

私はペンライトを出してカチカチボタンを鳴らす。11色に色が切り替わっていく。さっきとは違って外だから光があまり眩しくない。

「…ごめん。私が誘ったのに」
沙良はさっき渡したスポーツドリンクの蓋を開けて、一気飲みした。
「いいよ。私実はそんなに興味ないの」

「マジ?じゃあ今まで投票とか無理強いしちゃった?」

「いや、別に。りーくんは好きだけど、別に沙良みたいなプロデューサーみたいな目線では応援出来ないなって感じ」

「そっかあ」

そして、二人の間に無言が流れた。
二人の間は音が合っても無くてもどっちでもいいくらい、私たちは一緒にいたのに。こんなに別の世界に行ってしまってたのに。アイドルのおかげでこうしてまた、隣に座る事が出来ている。


「私さ、神楽くんは完璧だから好きなのね、裏切らないだろうなって。直感で分かった」

「うん」

「私が完璧になれないから、好きなの」

私から見る沙良は完璧だった。
可愛くて、華奢で、おしゃれで、
熱量がすごいドルオタで、頭が良いから国立大学に行って、商社に入職して。

優しくてモテる彼氏と結婚して。

私が欲しかった物をだいたい持つ事が出来てて。

私が卑屈になるから口に出したことはないけど。

「私は逆。りーくんは適当に、って言ったら失礼だけど。アイドルやります!って感じでアイドルやってないから好き。いつか転職しそうな、仕事できる人っぽい感じ」

「あー、なんか分かる。りーくんは多分解散したら芸能界からは去る気がする」

私も、それくらい器用に生きたいと思って、生きられないのも分かっているからりーくんが好きなのだ。


私は、りーくんに、沙良になりたかった。

でも、多分、沙良にも、りーくんにも、神楽くんも
自分ではない何かになりたいと思って生きている日があるのかも、いや、ある。