「私たちの座席、スタンドやな」

注目度が高いアイドルとは言え、いきなりアリーナクラスの会場を押さえられるなんて、事務所の力は凄い。
最近まで一般人だった人たちが数千人を相手に歌い、踊るのだから夢があると思う。

満員電車から転がり降りるように駅のホームからも脱出した私たちは歩いてすぐ近くの会場を目指した。

みんなアクスタケースやうちわ、ペンラをカバンに閉まっいるはずなのに何故か同志だと分かる。これはただ、私が周りをよく見て、「あの人オタクだ!」と勝手に思ってるだけなのか、そんなオーラを本能で感じているのか分からなかった。

アリーナ入口で、
麻沙美がスマホで電子チケットを開いて、席を確認した。
ステージから10m以上離れている。アリーナが本当は良かったけど、不満を言ってられない。抽選にすら溢れた人を思えば、この場に存在できるだけありがたいことなのだ。

座席に座ると、開演までみんなグッズ交換や話をしていた。
麻沙美は初めてのライブだからか、ソワソワと辺りを見渡していた。
初めてのライブ、私はいつだったか忘れた。
でも、どのライブも始まる前が一番ソワソワしていた気がした。
セトリやビジュアル、衣装、日替りMCとか。予想なんかしても意味ないのに、予想してしまう。

クラセルの皆も多分そう。
アイドルは舞台に立つ時が一番生きている気がする。
神楽くんがデビュー会見で言っていた。
『皆さんに必要とされ続けるよう、存在していきます。アイドルとしての後藤神楽に生まれ変わります』
あの言葉が、今日事実になる。

私はあの家に存在できるだけ、ありがたいと思わないといけないのだろうか。
ふと、我に返る。

薄暗い。
ビッグモニターから溢れる光だけが、この空間を作っていた。特効のリハをしたのかスモークが残る空間は霞んで見えた。
遊園地がテーマだからか、ステージ装飾にメリーゴーランドや観覧車のミニチュアが置かれていた。

ふと思い出した現実との落差に、息が詰まる。

ずっと鳴り響くスマホの電話。
23時を回って送られる文章修正の依頼内容のメール。
溜まり続けるゴミと洗濯物が急にフラッシュバックする。

嫌だ、嫌だ。捨てられたくない。
捨てられたくないから選ぶ立場でいたかったのに。