地下鉄も、電車もない、自動改札もない街で暮らしている私は、何度来ても大阪には慣れなかった。

騒がしい場所なのに、行き交う人の多くはイヤホンをしたり、下を向いて歩いている。じゃあこの雑踏はだれがうみだしているんだろう。

手を離すと沙良に二度と会えない気がして握り返す。

「うわ、27にもなって」
「こんなとこで迷子になったら詰むやろ」

右にしかないエクボを見せて笑う沙良に、私も、歯を見せて笑い返してた、

手は、振りほどかれなかった。

左薬指に光るリングを見て、
誰かに選ばれた人間なんだ。すげぇ。
なんて小学生みたいな感想を持つ。

私の指の1000円のリングが、何個あっても沙良の手のそれには叶わない。

ICカードに2000円チャージして、改札に滑り込む。

ライブ会場まで6駅。


満員の車内。窓際に押しやられるようにして立っていた私たち。

『痴漢って普通にあるよ。気をつけないといけない。
そんな配慮しないと乗れない公共交通機関もおかしいけどね』

前に沙良が仕事帰りに知らない男の人に話しかけられたという話をした時に言っていた言葉を思い出す。

当時の私は、沙良がナンパされるくらい美人だという自慢をされている。なんて卑屈になっていたけど、

実際の状況下になると、男性も女性もすし詰めのように乗っていて、揺れるたびに体が倒れて触れそうになる。

確かに不意に触るつもりがない人の手が当たって、冤罪になる可能性も、意図して触れてくる不届き者がいる可能性もどっちもある。

被害者にも、加害者にもなる可能性がある、息が詰まりそうな密室に毎日沙良は乗って、通勤しているのだと思うと、大変だろうと思う。

「私、全然クラセルのこと追えてないんだけど、大丈夫かな」

沙良が、髪を耳にかける。
指先のネイルも薄紫で、神楽推しなんだろうなってわかるほどだった。

私は仕事柄ネイルもできないから、ただのささくれた指先がそこにあった。
流行病のせいで、次亜塩素酸でなんでもかんでも消毒しないといけない。そのせいで、指の爪が割れやすくなった。

深爪気味で太い指が嫌になる。
私よりもちゃんとアイドルのオタクをできている風貌だと思う。

「大丈夫だよ」

何の根拠もない大丈夫を繰り返すしかなかった。

本当に大丈夫かなんか、ずっとわからない気がした。