「──あれ?......宝生さん?」
西に傾いた太陽が学校を染め、日差しは容赦なく運動部の生徒たちへ照りつけている。
今日から部活は解禁になる、テスト最終日。
年々熱くなり熱中症警戒アラートまで出ている中、部活に所属しなくて本当に良かったと思う今日この頃。
放課後は誰も──、司書の先生も図書委員さえいない図書室で一人、涼を取りながら本を読んだり勉強をしたりしながら時間をつぶしていた。
だけど今日、僕より前に先客がいた。
同じクラスの宝生珠雨が図書室にいたのだ。
宝生さんはクラスで席が一つ前の女子生徒。
後姿は全く同じに見えるけど、彼女と異なる点がある気がする。
だけどそれがなんなのか上手く説明ができない。
入り口から見える彼女の背中は震えていた。
笑いをこらえているのか、あるいは泣いているのかこの入り口からだと判断がつかない。
もし泣いていたとしたら、普段女子とは縁のない僕にはなぐさめ方だってわからない。
そもそも僕なんかキモがられて終わりなのではないだろうか。
図書室以外なら空き教室って手もあるが、鍵を借りてエアコンをつけても冷えるまで時間ががかることが難点だ。
その点図書室はなぜかいつも快適なほど涼しい。
読書するにも、勉強をするにも最適な空間で。
だから僕は悩むまでもなく目の前の扉に手をかけた。
宝生さんに気づかれないよそろりと開けようと思ったのに......
──ガシャン
どうやら入った彼女が内側から鍵を閉めていたのだろう。
その音で彼女も振り向いて目が合った。
目が合った相手に何もしなかったり踵を返してしまうのは失礼だと思い、笑って手を挙げてみる。
上手く笑えていない証拠に唇の端がピクピク引きつっているのが自分でもわかる。
我ながら笑顔の下手さを痛感した。
よし、帰ろう。
まだ外は太陽が出ているけれど、暑い中汗を流しながら帰る日があってもいいじゃないか。
上げていた手を下ろし、下駄箱へ続く階段に向かいかけたその時、後ろからカチャリと音がした。
「鍵、閉じちゃっててごめんね。まさか利用者がいたなんて知らなくて......っていいわけにしか聞こえないよね。冷気が逃げる前に中、入る?」
その声を無視するわけにもいかず、僕は図書室の中へ入る。
いつもはいない彼女がいるせいか変にそわそわして落ち着けない。
というか彼女と面と向かってはっきりと分かった。
彼女は宝生さんに似ているだけで宝生さんではないことに。
自分で言うのもなんだけど、クラスの中では浮いている僕。
部活には入っていないし、委員会にも入っていない。
極めつけは昨年同じクラスだったやつが一人もいない。
去年の最終懇談で『来年も同じクラスがいいなと思った人と離れたいと思った人を教えて』と聞かれたこと思い出す。
きっとみんな『離れたい人』は僕の名前を出したに違いない。
僕は『特に......』と答えたからだろうか?
実際同じクラスになりたいやつも離れたいやつもいなかったから仕方がない。
決めつけることはよくないかもしれないが、どうしてもそう考えずにはいられない。
だから今年のクラスでは......いや、今年のクラスでもボッチを確立している。
そんな僕みたいなやつに宝生さんみたいなクラスで目立つグループに属している人が話しかけることなんてないはずだから。
「あの、宝生珠雨さん?」
「ん?」
「あなたは誰ですか?」
「え、やだなー!さっき名前呼んでくれてたよね?宝生珠雨って」
やっぱりすぐには答えてくれなかった。
鎌をかけるしかない。
「いつもと雰囲気が違う気がして。」
「え、ほんと?!ちなみにどんなところが違うの?えーっと...」
「僕の名前は及川です。」
「ありがと。いつもの珠雨とどう違うか教えてくれないかな、及川くん。」
学校生活の中で僕の名前を呼んだのはきっと今目の前にいる彼女だけだ。
「おい」「なぁ」「ちょっと」大体そんな感じで名前呼びをされたことなんか僕の記憶にはない。
それは宝生さんからも同じだったから。
僕が名乗ったところで「ふーん」とか「へー」とか微妙な雰囲気になるだけで結局名前を呼ばれたことはない。
だから彼女は宝生珠雨ではない。
「僕の名前を彼女は、宝生さんは呼んだことないんだ。それに雰囲気も似ているだけで全く別だと僕は思う。」
「え?!初めから気づいてたの?珠雨と私の違いに?」
「そうなるかな。改めて、君の名前を聞いていい?」
恥ずかしい~と手で顔に風を送りながら彼女は名乗ってくれた。
『宝生蛍』と。
「私は珠雨の双子の妹になるの。及川くんだったよね、改めてよろしく。」
差し出された右手を手を握り返したあとも、彼女の手の小ささと冷たさが僕の掌には残り続けた。
「あのさ」「あのね」
お互いにどうぞと譲り合って、笑が起こる。
話し始めたのは彼女だった。
「及川くん、私が泣いてたの見てた?」
「ごめん。決して覗こうとしたわけでもなくて。」
「あはっ、大丈夫だよ。責めてないから。ここで泣いてた私が悪いんだからさ......」
「……どうして泣いていたのか、理由聞いても大丈夫?」
憂いを帯びた表情の宝生さん。
彼女にも悩みのひとつやふたつあるのかもしれない。
彼女が何に悩んでいるのか皆目検討すらつかないけれど。
『もちろん、言いたくなければそれでいいから。』と付け加えると、悲しそうな表情のまま『ごめんね』と謝った宝生さん。
『以上。この話は終わり』と笑う彼女にこれ以上踏み込まないでという意志を感じた僕は返すことができなかった。
その後続く沈黙。
こんな時普通は何を話すべきなんだろうか?
会話を探すけれどなにも出てこない。
「課題、しててもいいかな?」
「うん、全然いいよ?私のことは気にしないで。」
結局会話を諦め、課題に手を付けることにした。
彼女はぐるりと図書室内を回ると本を一冊手にとって席に着いた。
カリカリと僕がペンを走らせる音と彼女のページをはぐる音が響く。
僕は人と関わることが苦手で会話も続かない。
だからよく相手を不快にさせてしまうみたいで。
だけど彼女は僕の言葉を待ってくれるし、僕を気遣ってくれていることが伝わってくるから他の人より幾分話しやすかった。
区切りのついたところで一度ペンを置くと目の前から視線を感じた。
視線を机にある課題から上にあげると本を閉じて僕を見ていた彼女と目が合った。
「すごいね。及川くん」
「......ぇ?」
「だってそうでしょ?見るからに難しそうなものばかりだよ!」
『教科書だって開かったし。ね、私にも教えてよ』
ずいっと身を乗り出してきた彼女。
彼女の通っている学校はここまで進んでいないのだろうか。
学校によって進度や単元の順番も違うはずから仕方がないのかもしれない。
僕が解いていた数学の課題。
鞄から教科書を取り出し、彼女も前に置く。
物珍し気にパラパラとめくった彼女。
もしかしたら取り扱っている教科書自体が違うのかもしれない。
今日授業で習った範囲を復習がてら彼女に教える。
誰かに教える方が理解度があがるとどこかの誰かが言っていたのは間違いじゃなかったみたいだ。
垂れてくる髪を耳にかけながら一生懸命問題を解く彼女。
なんとか解ききったときの彼女の笑顔はすがすがしいほどで。
その笑顔は夕陽に照らされて、なんだか一層きれいに見えた。
「そろそろ帰ろうと思うけど、宝生さんは?」
初めて会った彼女にきれいだとか何だか照れくさくて視線をそらし問いかける。
「時間って経つの早いね。もう少し及川くんと話していたかったのに残念。」
しゅんとした彼女の喜怒哀楽をはっきり表現できる部分に羨ましさを感じる。
いつも周りに流され、僕が発言した後の相手の反応を考えてすぐに口をつぐんでしまう。
ないものねだりばっかりな自分自身に嫌気がさす。
この短い期間でも人柄がわかるくらい、彼女は間違いなくいい人だ。
「家はこの近く?時間も遅いし送ろうか?」
「いい!」
「ごめん」
「あ、私の方こそいきなりごめんね。でも送ってもらわなくて大丈夫だから。遅いって言ってもまだ日も落ち切ってないし全然明るいし気にしないで?私は後から出るから!ほら、バイバイ!!」
確かに家を聞くのは気持ち悪かったか。
靴を履き替えながら反省する。
校門をくぐるとき振り返った先の図書室の窓から明かりが消えた。
このまま待っていれば彼女が下りてくる。
待っていたほうが良かったのか、それとも帰った方がいいのか。
悩みに悩んだ末に僕は駅までの道のりへ足を踏み出した。
次の日、登校すると僕の席には宝生珠雨が座っていた。
席替えをしてからしばらく時間がたっている。
間違えたということはなさそうだ。
僕に用事があるのか、考えても分からず僕の席までたどり着いてしまった。
彼女の前に来たけれど彼女は口を開かない。
僕はただただ立っているだけ。
鞄を下ろして机の横にかける。
「ね、蛍に会ったんだって?本当?」
「昨日の放課後に......。」
「そう。昨日蛍が嬉しそうに報告してくれたの。」
言うだけ言うとガタンと席を立ち彼女本来の席に戻った。
後ろを振り向いて彼女が続ける。
「そういえばこれ、蛍から。」
くるりと前を向くと友達とのおしゃべりを始めた宝生珠雨。
宝生蛍とは似ているのは背格好や髪型・顔のパーツだけで中身がやはり全然違う。
宝生珠雨ははっきり言うと性格が掴みにくい。
宝生蛍は何だか儚げで消えてしまいそうで、いうなればそう、淡く夏の夜空に光るホタルのようだった。
手渡された袋の中身をのぞいてみるとそこにあったのは、お菓子と封筒。
西に傾いた太陽が学校を染め、日差しは容赦なく運動部の生徒たちへ照りつけている。
今日から部活は解禁になる、テスト最終日。
年々熱くなり熱中症警戒アラートまで出ている中、部活に所属しなくて本当に良かったと思う今日この頃。
放課後は誰も──、司書の先生も図書委員さえいない図書室で一人、涼を取りながら本を読んだり勉強をしたりしながら時間をつぶしていた。
だけど今日、僕より前に先客がいた。
同じクラスの宝生珠雨が図書室にいたのだ。
宝生さんはクラスで席が一つ前の女子生徒。
後姿は全く同じに見えるけど、彼女と異なる点がある気がする。
だけどそれがなんなのか上手く説明ができない。
入り口から見える彼女の背中は震えていた。
笑いをこらえているのか、あるいは泣いているのかこの入り口からだと判断がつかない。
もし泣いていたとしたら、普段女子とは縁のない僕にはなぐさめ方だってわからない。
そもそも僕なんかキモがられて終わりなのではないだろうか。
図書室以外なら空き教室って手もあるが、鍵を借りてエアコンをつけても冷えるまで時間ががかることが難点だ。
その点図書室はなぜかいつも快適なほど涼しい。
読書するにも、勉強をするにも最適な空間で。
だから僕は悩むまでもなく目の前の扉に手をかけた。
宝生さんに気づかれないよそろりと開けようと思ったのに......
──ガシャン
どうやら入った彼女が内側から鍵を閉めていたのだろう。
その音で彼女も振り向いて目が合った。
目が合った相手に何もしなかったり踵を返してしまうのは失礼だと思い、笑って手を挙げてみる。
上手く笑えていない証拠に唇の端がピクピク引きつっているのが自分でもわかる。
我ながら笑顔の下手さを痛感した。
よし、帰ろう。
まだ外は太陽が出ているけれど、暑い中汗を流しながら帰る日があってもいいじゃないか。
上げていた手を下ろし、下駄箱へ続く階段に向かいかけたその時、後ろからカチャリと音がした。
「鍵、閉じちゃっててごめんね。まさか利用者がいたなんて知らなくて......っていいわけにしか聞こえないよね。冷気が逃げる前に中、入る?」
その声を無視するわけにもいかず、僕は図書室の中へ入る。
いつもはいない彼女がいるせいか変にそわそわして落ち着けない。
というか彼女と面と向かってはっきりと分かった。
彼女は宝生さんに似ているだけで宝生さんではないことに。
自分で言うのもなんだけど、クラスの中では浮いている僕。
部活には入っていないし、委員会にも入っていない。
極めつけは昨年同じクラスだったやつが一人もいない。
去年の最終懇談で『来年も同じクラスがいいなと思った人と離れたいと思った人を教えて』と聞かれたこと思い出す。
きっとみんな『離れたい人』は僕の名前を出したに違いない。
僕は『特に......』と答えたからだろうか?
実際同じクラスになりたいやつも離れたいやつもいなかったから仕方がない。
決めつけることはよくないかもしれないが、どうしてもそう考えずにはいられない。
だから今年のクラスでは......いや、今年のクラスでもボッチを確立している。
そんな僕みたいなやつに宝生さんみたいなクラスで目立つグループに属している人が話しかけることなんてないはずだから。
「あの、宝生珠雨さん?」
「ん?」
「あなたは誰ですか?」
「え、やだなー!さっき名前呼んでくれてたよね?宝生珠雨って」
やっぱりすぐには答えてくれなかった。
鎌をかけるしかない。
「いつもと雰囲気が違う気がして。」
「え、ほんと?!ちなみにどんなところが違うの?えーっと...」
「僕の名前は及川です。」
「ありがと。いつもの珠雨とどう違うか教えてくれないかな、及川くん。」
学校生活の中で僕の名前を呼んだのはきっと今目の前にいる彼女だけだ。
「おい」「なぁ」「ちょっと」大体そんな感じで名前呼びをされたことなんか僕の記憶にはない。
それは宝生さんからも同じだったから。
僕が名乗ったところで「ふーん」とか「へー」とか微妙な雰囲気になるだけで結局名前を呼ばれたことはない。
だから彼女は宝生珠雨ではない。
「僕の名前を彼女は、宝生さんは呼んだことないんだ。それに雰囲気も似ているだけで全く別だと僕は思う。」
「え?!初めから気づいてたの?珠雨と私の違いに?」
「そうなるかな。改めて、君の名前を聞いていい?」
恥ずかしい~と手で顔に風を送りながら彼女は名乗ってくれた。
『宝生蛍』と。
「私は珠雨の双子の妹になるの。及川くんだったよね、改めてよろしく。」
差し出された右手を手を握り返したあとも、彼女の手の小ささと冷たさが僕の掌には残り続けた。
「あのさ」「あのね」
お互いにどうぞと譲り合って、笑が起こる。
話し始めたのは彼女だった。
「及川くん、私が泣いてたの見てた?」
「ごめん。決して覗こうとしたわけでもなくて。」
「あはっ、大丈夫だよ。責めてないから。ここで泣いてた私が悪いんだからさ......」
「……どうして泣いていたのか、理由聞いても大丈夫?」
憂いを帯びた表情の宝生さん。
彼女にも悩みのひとつやふたつあるのかもしれない。
彼女が何に悩んでいるのか皆目検討すらつかないけれど。
『もちろん、言いたくなければそれでいいから。』と付け加えると、悲しそうな表情のまま『ごめんね』と謝った宝生さん。
『以上。この話は終わり』と笑う彼女にこれ以上踏み込まないでという意志を感じた僕は返すことができなかった。
その後続く沈黙。
こんな時普通は何を話すべきなんだろうか?
会話を探すけれどなにも出てこない。
「課題、しててもいいかな?」
「うん、全然いいよ?私のことは気にしないで。」
結局会話を諦め、課題に手を付けることにした。
彼女はぐるりと図書室内を回ると本を一冊手にとって席に着いた。
カリカリと僕がペンを走らせる音と彼女のページをはぐる音が響く。
僕は人と関わることが苦手で会話も続かない。
だからよく相手を不快にさせてしまうみたいで。
だけど彼女は僕の言葉を待ってくれるし、僕を気遣ってくれていることが伝わってくるから他の人より幾分話しやすかった。
区切りのついたところで一度ペンを置くと目の前から視線を感じた。
視線を机にある課題から上にあげると本を閉じて僕を見ていた彼女と目が合った。
「すごいね。及川くん」
「......ぇ?」
「だってそうでしょ?見るからに難しそうなものばかりだよ!」
『教科書だって開かったし。ね、私にも教えてよ』
ずいっと身を乗り出してきた彼女。
彼女の通っている学校はここまで進んでいないのだろうか。
学校によって進度や単元の順番も違うはずから仕方がないのかもしれない。
僕が解いていた数学の課題。
鞄から教科書を取り出し、彼女も前に置く。
物珍し気にパラパラとめくった彼女。
もしかしたら取り扱っている教科書自体が違うのかもしれない。
今日授業で習った範囲を復習がてら彼女に教える。
誰かに教える方が理解度があがるとどこかの誰かが言っていたのは間違いじゃなかったみたいだ。
垂れてくる髪を耳にかけながら一生懸命問題を解く彼女。
なんとか解ききったときの彼女の笑顔はすがすがしいほどで。
その笑顔は夕陽に照らされて、なんだか一層きれいに見えた。
「そろそろ帰ろうと思うけど、宝生さんは?」
初めて会った彼女にきれいだとか何だか照れくさくて視線をそらし問いかける。
「時間って経つの早いね。もう少し及川くんと話していたかったのに残念。」
しゅんとした彼女の喜怒哀楽をはっきり表現できる部分に羨ましさを感じる。
いつも周りに流され、僕が発言した後の相手の反応を考えてすぐに口をつぐんでしまう。
ないものねだりばっかりな自分自身に嫌気がさす。
この短い期間でも人柄がわかるくらい、彼女は間違いなくいい人だ。
「家はこの近く?時間も遅いし送ろうか?」
「いい!」
「ごめん」
「あ、私の方こそいきなりごめんね。でも送ってもらわなくて大丈夫だから。遅いって言ってもまだ日も落ち切ってないし全然明るいし気にしないで?私は後から出るから!ほら、バイバイ!!」
確かに家を聞くのは気持ち悪かったか。
靴を履き替えながら反省する。
校門をくぐるとき振り返った先の図書室の窓から明かりが消えた。
このまま待っていれば彼女が下りてくる。
待っていたほうが良かったのか、それとも帰った方がいいのか。
悩みに悩んだ末に僕は駅までの道のりへ足を踏み出した。
次の日、登校すると僕の席には宝生珠雨が座っていた。
席替えをしてからしばらく時間がたっている。
間違えたということはなさそうだ。
僕に用事があるのか、考えても分からず僕の席までたどり着いてしまった。
彼女の前に来たけれど彼女は口を開かない。
僕はただただ立っているだけ。
鞄を下ろして机の横にかける。
「ね、蛍に会ったんだって?本当?」
「昨日の放課後に......。」
「そう。昨日蛍が嬉しそうに報告してくれたの。」
言うだけ言うとガタンと席を立ち彼女本来の席に戻った。
後ろを振り向いて彼女が続ける。
「そういえばこれ、蛍から。」
くるりと前を向くと友達とのおしゃべりを始めた宝生珠雨。
宝生蛍とは似ているのは背格好や髪型・顔のパーツだけで中身がやはり全然違う。
宝生珠雨ははっきり言うと性格が掴みにくい。
宝生蛍は何だか儚げで消えてしまいそうで、いうなればそう、淡く夏の夜空に光るホタルのようだった。
手渡された袋の中身をのぞいてみるとそこにあったのは、お菓子と封筒。