息ってどうやってするんだったっけ。
 そうなってしまうほど我を失って読み耽っていた。錦奈さんの遺書に。
 それは椋翔も同じらしくて、宝石のような涙が頰を伝っていた。
 
「ねぇ……その精神科医の名前、覚えてる?」
紫花心誠(しばなしんせい)

 やっぱり。それは私の父さんの名前だった。頭の中で点と点が繋がる。それと同時に舌を巻いた。家ではうずくまって、母さんや産まれずして亡くした弟の死を嘆いてばかりなあの父さんが裏ではこんな言葉を言っていたなんて。
 
 信じられなくて、でもそれと同じくらい嬉しくて。父さんに苛立っていた私自身が許せなくなった。

 私にできたことは錦奈さんをかばっていじめの標的になったこと。
 櫂冬くんにできたことは錦奈さんを離さないって抱きとめたこと。
 柚香ちゃんにできたことは錦奈さんをいじめたことを後悔したこと。
 そして、椋翔にできたことは錦奈さんのそばにいて支えたこと。 

 誰にだって、その人にしかできないことがあって、だからこそ自分には何もないって卑下する必要はなくって。

 本当に優しい父さんだ。誇りに思いたくなるくらい。

「それ……私の父さんだよ」
「えっ……道理で似てたわけだ。どんなことされてもいいってあの先生も言ってた。親子揃って奴隷かよ」

 椋翔はそう言ってクスリと笑っている。だからそれに私も笑い返してやった。いいでしょ?って、自慢するみたいに。

「そうやってしてたら……いつか俺とかにだまされたりするんだぞ」
「いいよ……椋翔にならだまされても」
 
 そう、何されたっていい。どうなってもいい。それで椋翔が明日を私と生きようとしてくれるなら。
 だって、私達の出会いは運命だから。
 
「痛っ!」
 
 たかをくくっていると、椋翔は指を近づけてきてデコピンしてきた。ピリッとするような痛みが走って額に触れたくなる。