椋翔の心の叫びを聴いている間、私は繋いでいた手に何度力を込めたか、握り返してやったか。それは計り知れない。

 とてつもなく姉貴思いで、自分の幸せが姉貴と生きることみたいで。今の世界にはそれはなくて、だからこそ椋翔は私の世界から消えようとしていた。

「こんな俺なんか……きらってくれ!」

 椋翔が涙ながらに私の手を振り払い立ち上がり、足を動かそうとしている。また私の前から消えようとしている。

 それがわかった途端、必死で手をのばした。屋上の床にはうようにして椋翔の学ランの裾を掴む。

「……きらわないよ!」

 椋翔の肩がピクリと震え、こちらを振り向いてくれる。

「嘘つけ……!心のどこかではまだ……きらいだったりするんだろ?俺は好かれたら……いけないやつなんだ。特に虹七には。好かれたらまた……姉貴と重ねてしまうから」
 
 けれど突き刺してくる言葉の矢はドライアイスのように冷たくて、自虐的で私の心まで凍らせしまいそうだ。そんなこと、させるわけにはいかない。
 
「……いいよ、重ねて。椋翔がすんごく姉貴思いなのはわかったから。それで私と一緒にいて、椋翔が明日を生きていけるのなら……いいよ!」
 
 裾を掴んでいる手に力を込めながら叫ぶと、椋翔は呆れたようにため息をつく。それから濃い琥珀色のビー玉みたいな瞳で睨んできた。
 
「あのさ……またデコピンするぞ!どこまで奴隷ぶったら気がすむんだ」
 
 怖い。また何かの吸引力があるみたいに引き寄せられる。だけど……。
 
「じゃあさ、これからはちゃんと名前で呼べばいいじゃん……虹七って」

 姉貴と重ねたくないのならそうすればいい。錦奈さんとすごく名前が似ているから、無駄かもしれないけど、それでも。
  
「……に、虹七」

 その声は5月が近い、春風に揺れる葉のささやきのように小さかった。頬はぽっと赤く染まっていて、恥ずかしがっているのがわかる。

 頼んだのはこの私なのにいざ呼ばれると心臓がビクリと跳ねる。冷たい梅ジュースの中に泡立つ炭酸を入れたみたいに、心がいっぱいになりそうだった。