俺はそんなこともあるんだなと胸がいっぱいになった。なぜか溢れてきた涙を拭いながらも防音イヤーマフを受け取り、病院を後にした。それから騒がしい場所を避けるために図書室登校を始めた。

 あの時から、防音イヤーマフは俺にとって命と同じくらい大切な存在になり、片時も手放せなくなっている。

 一方で、姉貴には何の変化も見られず、俺は疑問を抱かざるを得なかった。この耳の不調は、姉貴に救いを求めた俺への天罰だったのかもしれない。

「錦奈のせいで椋翔はこうなったのよ!」

 母さんは鬼のように姉貴を責めてきて、その度に俺は「姉貴のせいじゃないから」と姉貴に言い聞かせていた。

 そんな中でも本を読む度にまた書きたいという気持ちが湧き、ペンをとっていた。その時だった。

「あんた、耳がバグっとるんでしょ?まともに音を聞き分けられないのに小説なんか書けるわけないでしょうが!」

 母さんが怒鳴り散らしながら部屋に入ってきて思わず防音イヤーマフを押さえていると、ノートを破られた。

 誰もが夢を応援してくれるわけではなく、むしろ自分の存在そのものを否定されているような気がした。

 だから、せっかく一作を書き上げたとしても、それを誰かに見せようという気持ちは湧かなかった。たとえあのときの精神科医に見せてみろと言われても、同じだった。
 
 その矢先、姉貴は道路側を歩いていた俺の腕をかばうように引っ張った。そして雨上がりに差し込む陽だまりのような笑顔を浮かべて。
「ありがとう、ごめんね」
 その言葉を最後にこの世を去った。
 この世界で1番守りたかった存在――姉貴が消えた瞬間だった。

 目覚まし時計のように起こしてくれる姉貴がいなくなって、おっちょこちょいなところにイライラしながらもどこか楽しんでいるような日々はあっけなく終わりを告げた。