そして、俺は何度も枕を涙で濡らしながら、朝を迎えるまで眠れずに過ごす日々を送るようになった。心の中ではただひたすらに祈るように願う。

 どうか、姉貴を救ってやってくださいと。
 
 するとある日、どこからともなく声が聞こえてきた。

「この症状は永遠にお前の耳を蝕むだろう。治ることは決してない」

 その症状というのが聴覚過敏というものだった。

 人々の話し声や笑い声が、街の喧騒の中で遠近を問わず耳の奥で反響し、車や電車の音も無遠慮に襲いかかってきた。

 その音の洪水は、次第に自分の声さえも嫌悪の対象にしてしまい、耳を閉じることができずに苦しむ日々が続いた。
 
 音の絶え間ない侵襲に、自分が確かに存在している感覚さえも揺らぎ、心の中に静寂を取り戻す方法が見つからないまま、ただ音に圧倒されるだけだった。

 いっそこの聴覚が完全に失われてしまえばいいのに、とさえ思うほどの苦痛。

 すぐに精神科を受信した時、ある医者に出会った。顔は今隣にいる虹七とあたかも血が繋がっているかのごとく顔つきがそっくりな男性だった。目は憔悴しているようにやつれていて、ちゃんと寝たり食べたりしているのかとカウンセリングを受けながらはらはらしていた。そんな彼はこう言った。

「君の症状もお姉さんの特性も、周りから理解されにくいことが多いだろう。甘えだと言われたり、迷惑をかけていると非難されたり、差別されたり、いじめられたり、嫌われたりすることもあるかもしれない。でも先生が伝えたいのは、どんなにそうなっても、自分には何もないとか、自分なんかとか、自分を卑下する必要はないということだ。長所がない人間なんて、この世界には一人もいない。君にしかできないことが、必ず君にはあるんだよ。先生はその支えになりたいと思っている」

 俺はその言葉に目頭が熱くなった。カイロのようにほんわかとあたたかい毛布にくるまれたような感覚がじわじわと心を満たしていく。それに安らぎを覚えながらも問いかけた。