俺は、ずっと姉貴の死と真正面から向き合うことができずにいた。虹七という少女の名前が、異様なほどに姉貴の名にそっくり似ていることに気づいたときから、奴隷っぽいところには呆れたが、いつの間にか虹七に姉貴の面影を重ねていた。
 
 そして、彼女に「弟になって」と言われたその言葉を、自分にとっての救いの口実にしていた。
 
 隣に座っている紫花虹七の手の冷たさを感じながら、これから語ろうとしている内容を思うと、胸の内に押し寄せる罪悪感は格別だ。
 
 それでも、今から虹七に話さなければならない。俺が聴覚過敏になった理由を。自分の小説を誰にも見せようとはしない理由を。
 俺が自らこの世を去ろうとしていることを、許してほしい。お願いだから。

 人と声を出して会話を交わすのは、もう約1年ぶりのことだった。
 もとより自分の声がまだ出るのかさえ疑問に思っていたほどで、いざ口から言葉がこぼれた瞬間、自分自身が一番驚いてしまった。

 まるで長い間塞がれていた喉の奥に、固く閉じ込められていた何かが不意に取り払われたような感覚だった。

 言葉が紡がれるたび、錆びついていた心の鎖が少しずつ解けていくようで、久しぶりに響く自分の声が、まるで他人のもののように思えた。
 
 虹七が図書室登校初日に倒れそうになった瞬間、咄嗟に声を出そうとした自分がいた。しかし、そのとき気づいたのは、いつの間にか声の出し方すら忘れてしまっていたという事実だった。
 
 声を出そうと口を動かそうとしても、言葉は喉で絡まり、うまく形をなさない。口がパクパクと空振りするばかりで、実際に反応したのは声ではなく、先に動いてしまった体だけ。必死に何かを伝えようとしたその瞬間の無力感が、胸の奥にじわりと染み渡っていくようだった。
 
 俺はこの約1年、自分の声帯を意図的に麻痺させるようにして生きてきた。それが初めて後悔として胸に重くのしかかったのは、虹七が姉貴と名前が似ているということ。それだけで俺の心は安らぐことを知らなかった。
 
 この声を取り戻せば、もっと虹七と楽しく会話を交わし、共に笑い合える日々があったのかもしれないと、そう思わずにはいられなかった。