「痛っ……!」

 傷口がジリジリとえぐられるように痛む。どうしてこんな時に私の足は機能を失ったみたいに動かないんだ。椋翔くんを止めたいのに。

「行かないで!!」
 そう叫びながら前を見据える。すると、椋翔くんは防音イヤーマフを両手で押さえながらも、こちらを振り向き口を開いた。

「……あ、姉貴のアホ!」

 震えるような叫び声が灰色の空に吸い込まれていく。それが私が聞いた、初めての彼の声だった。
 椋翔が防音イヤーマフから手を離しながらこちらに駆け寄り、倒れ込んでいる私の横に座り込む。彼の濃い琥珀色の目はゆらゆらと揺れていて、表情全体と動きからも相当慌てふためいているのがわかった。

「こ、声……」

 出るの?
 おかしすぎて笑うというよりも、椋翔が声を出したことへの驚きの方が大きかった。

「……キズが深くなるだろうが。安静に……しとけアホ。声くらい……普通にでるから心配すんな」

 椋翔の低い声が途切れ途切れに聞こえてくる。それは優しさと呆れが混ざっていた。

「ごめん……無理しちゃって。でもそれで椋翔の自殺を止めれるのなら、やってやろうと思って」 
「松葉杖捨てる姉貴も……自殺行為してるようなもんだろ。それないと……まともに歩けねぇんだから」

 椋翔くんはそう言って大きくため息をついた。

「そういえば……久しぶりに声出した。耳がおかしくなってからというもの……自分の声すらも聞くのいやになってたから」
「……そうだったんだ」 
 
 だからこそ筆談で話そうとしていたのか。何もかも過剰に音を拾ってしまってそれが苦痛で図書室登校をしている理由も私達にも声は出さず筆談を強要してきた理由も頷けてくる。