「先生もう学校のすべてを探し尽くしたの。それでもいないってことは……もしかしたら、屋上の鍵壊れてるかも」 
「ということは……」
 椋翔くんは自殺しようとしている?
 そう直感し、すぐに松葉杖を動かし始めた。今いるのは3階だ。ひとつ上に上がれば最上階である。
 
 ただ景色を眺めに出ただけかもしれない。しかし、屋上はかつて多くの生徒が次々と飛び降り自殺したために閉鎖された場所だ。それにも関わらず、あえてそこにいくというのは自殺しようとしてるとしか考えられなかった。

 最上階につき、目と鼻の先にある屋上への扉を開ける。それは重たい鉄でできているのか、ギーッと音がした。

「椋翔くん!」
 叫びながら辺りを見渡すと彼は今まさに飛び降りようとしている数秒前であった。でも気づく素振りも見せずに行こうとしている。

 もう目すら合わせたくないのかもしれない。庇った人の名前を知らずにいたという事実に怒ってるのかもしれない。それでもまた私の前から消えようとしている。

 そして彼の名前を私はまだ一度も呼び捨てで呼んでいない。偽りの姉と弟関係を結んでいたはずなのに。羞恥心が勝って、呼ぼうともしていなかった。今こそそのくん付けを卒業するべきだ。そう覚悟した途端、声をあげた。

「椋翔!!」

 松葉杖をその場に捨て駆けつけようとする。大嫌いな気持ちもまだあるけれど、父さんや櫂冬くんや柚香ちゃんの話を聞いて、錦奈さんの事情や椋翔くんの耳のことも知って、それでも頑張って小説を書いている彼を助けたくなったのだ。

 でも松葉杖を手放した途端、体は痛みのせいか思うように動かない。1歩2歩と千鳥足のようによたよたしていて、3歩目でバランスを崩し、視界が90度回転する。そして屋上の床に倒れ込んだ。