『俺は静かな場所が好きだ』
『じゃあ、これ以上話しかけてこないでください』
 
 そして二度と私の目を引き寄せようとするまねをしないで。
 
『破棄するの?せっかく了承したのに、もったいない。筆談でも話はできる』

 なんか色々と言いくるめられている気がする。ここはその場に任せるしかないのかもしれない。
 
 心の中で大きくため息をつく。それから借りたペンを走らせた。

『なんて呼べばいんですか?』
『椋翔と呼べ。あとタメ口で話せ』 

 首をぶんぶんと激しく横に振る。無理だ。例え命令されても初対面の人を呼び捨てにするなんて。口に出すにしても文字にするにしても相手が異性だからか羞恥心を覚える。
 
『は?俺は姉貴って呼んでるぞ!なのにさん付けとか敬語とか不自然』

 確かに違和感がある。血縁関係ではないけれど、偽りの姉と弟を演じるんだから仕方ない。でも恥ずかしい。姉貴って呼ばれるのも慣れない。本当に弟が産まれていたなら必然的なことなのだけれど。

『そもそもなんで姉貴なんですか?』
『じゃあ、お姉ちゃん?お姉さん?ふざけてんのか?姉貴が1番しっくりくる』
 
 もうこいつと話していると調子が狂う。

『椋翔くん』
 
 ペンを持つ手が震える。文字に表すのって口に出すより恥ずかしい気がする。途中まで呼び捨てで書こうとしたのに、羞恥心が勝ってくんづけにしてしまった。

『仕方ねぇな、まぁいい。よろしくな、姉貴』

 イケメン改め椋翔くんはそう言ってさっと隣の席に座ってきた。かといって、何かメモ帳に書いて筆談するわけでもなく、ノートを開いてなにかに操られているかのようにペンを走らせ始めた。