「やだ!櫂冬も虹七ちゃんも、もうあたしに関わらない方がいいよ。さよなら」

 そう言い放つと、柚香ちゃんは彼の手を振り払い、力強く一歩を踏み出し、迷いなく部屋を出て行った。その背中は、何か決意を固めたようであり、もう二度と振り返るつもりはないかのようだった。

 なんで?どうして?
 その疑問が胸の中で渦巻き、今すぐにでも問い返したい衝動が湧き上がる。しかし、喉は何かに詰まったように言葉を出せず、体もまるで金縛りにあったかのように動かなかった。

 それは櫂冬くんも同じで、力を失ったように、ただ頼りなくその場に立ち尽くしていた。

「どういうことだよ、これ……僕また……」

 その声は震え、絶望と困惑が交じり合った感情が言葉に乗っていたが、その続きは虚空に消えていく。

「私も、わかんないよ」
 何度も自問自答を繰り返してみても、答えは見つからない。まるで、どれを選んでも誤りとなる選択肢ばかりが並ぶ、解けない問題を突きつけられているような感覚だ。考えれば考えるほど、出口のない迷路に迷い込んでしまう。

「僕、なんかしたかな……」

 櫂冬くんは深く項垂れ、重い沈黙の中でその場に膝を抱えて座り込んだ。

「思い返してみれば、マジでダメなやつだよな。こんなことになっても仕方ねぇよ」

 そして、自己嫌悪の波にさいなまれはじめたように見えた。
 受験勉強を手伝ってもらいながらも、あえて強気な自分を演じ、周囲に気を使わせまいとしていた。そして、テニスに夢中になるあまり、私も柚香ちゃんも疲労骨折させてしまったこともあった。それでも、それほどまでに錦奈さんという存在を強く思っていたのだという事実が、心に重くのしかかってくる。

「櫂冬くんってさ、柚香ちゃんのこと好きなの?」

 正直なところ、彼らはラブラブに見えていた。しかし、ここまで明らかになると、カップルとして成り立っているのが不思議に思えてくる。表面の幸せそうな姿とは裏腹に、彼らの関係の裏側には、想像以上に筆舌に尽くしがたいものが隠されていたのだと感じざるを得なかった。