櫂冬くんの話を聞いている間、周囲は深い静寂に包まれ、まるで時間が止まったかのようだった。彼の語る孤独に満ちた小中時代、その中で巡り合った一瞬の初恋、そしてその後に訪れた柚香との強引な出会い。まさか、あのふたりが共に私を助けようとしていた事実に直面し、私は驚愕せざるを得なかった。

「僕……強気そうにとりつくろってたけど、本当はこうなんだ」
 
 彼の目から溢れ出た涙は、次々と頬を伝い、絶え間なく流れ落ちていた。その姿に、私とは異なるけれども、胸を締めつけるような痛みを感じた。櫂冬くんが受けた残酷な仕打ちと、逃れられない不幸の影が、言葉の端々に滲む。

 恋心というものを私は理解していないが、それでも、想いを告げられぬまま終わってしまうことが、どれほど悲しく、切ないことであるかを感じずにはいられなかった。

「つらかったね……それでもわたしを助けようとしてくれて、ありがとう」

 もらい泣きしながらも、私は思わず微笑みを浮かべていた。しかし、どこかおかしいと感じる。話に耳を傾けている間、柚香ちゃんはまるで感情を閉ざしたかのように、顔を俯かせたまま一切動かなかった。まるで感情を持たないロボットのように、口元も表情も微動だにせず、何を考えているのか全く掴めなかった。それでも次の瞬間、ぽつりとかすかな声で呟いた。

「別れよう」
 
 柚香ちゃんは、まるで魂を失ったかのように力なく立ち上がり、何も言わずに部屋を出ようとした。

「ま、待てよ!」

 櫂冬くんは、震える声でそう叫びながら、涙に濡れた手で彼女の手首を掴み、必死に引き止めた。その姿は、まるで彼女との繋がりを失うことを恐れ、すがりつくようだった。