「あたしがそうしたいの!だから持って、あっち立って」
 
 そう言って僕の腕を掴み、強引に立たせてラケットを渡してくる。どうやら退く気はないようだ。
 
「わっ、わかったよ」

 しょうがないなぁ、と思いながらもラケットを持ってある程度距離をとり、構えてみる。

「じゃあ、いくよーえい!」

 すると彼女は勢いよくボールをあげて力まかせに打ってきた。テニスボールはあっという間に公園の端まで宝物線を描き、バウンドしていく。公式戦なら完全にアウトなところだ。
 
「ちょっ、あくまでラリーなんだからコントロールとか気にしてよ」

 ため息まじりに後を向いてテニスボールを取りに行く。なんなんだ今日は。と思いながらもそれを見つめた。
 
「今はそういうのなし!憂さ晴らし、できないでしょ?」

 すると後から淡く怒りをはらんだような歯切りのある声が聞こえてくる。その途端、苛立ちが募ったのかラケットを持つ手に力が入る。

「ぼ、僕が本気出したら、ケガするぞ」
「いいの、どーんときて!」

 その恐れを知らない声にまた力が入る。
 もう、ケガしても知らねぇぞ。
 心の中でそう呟き、怒りにまかせて思い切り返す。すると彼女は「その調子その調子!」とやんわり挑発してきた。そしてテニスボールを打ち返してくる。
 
「そういや、名前聞いていい?」

 それを返しながら、問いかけた。
 
「榎柚香。高い木の榎に果物の(ゆず)に香水の香」
「僕は柳櫂冬……樹木の柳にかいで舟をこぐという意味の櫂。あと季節の(ふゆ)

 ラリーというか、力まかせの押し付け合いをしながら自己紹介を交わす。すると、彼女は一瞬手を止めて言った。
 
「それって……苗字にも名前にも部首の木ある?」
「そうだけど……なに?」
「あたしもあるからさ、こんなことめったになくない?運命かもしれないよ。つきあおうよ」