柚香さんは近づいてきて、私の向かい側の席に座った。それから椋翔くんの方に紙を渡した。それは箇条書きのメモのように文字が羅列している。
「なんですか、これ」
「プロットよ。慣れない左手で書いたから読みにくいかもしれないけど」
 柚香さんはそう言いながら眉を八の字に下げた。確かに字は不格好でぐにゃぐにゃしている。読めるのだろうか。椋翔くんの方をみると紙をじっと見つめている。首を傾げたりはしていないので辛うじて読める感じなのだろう。そもそも……。
「プロットって、なんですか?」
 聞いたこともない。異国かどこかの言葉だろうか。
「物語の構想よ。椋翔くん、小説を書くのが好きなの。私も書いてみたいんだけど、この手首はカレシのために使いたい」
 テーピングされている手首を上げて柚香さんは言った。その理論はまさに一途な乙女だ。
「そんなこと言ってたらまた再発しちゃうよ。っていうか、そのカレシさんも疲労骨折してたりしないよね?」
 ガラガラッ。
 丘先生が心配していると、また引き戸が開く音がする。その方に目をやると、紫色の淵が目立つメガネをかけた青年がいた。
 髪は栗色で上がり眉に大きな口がある。一見強気そうな容姿だ。
「やっぱり、ここにいた」
「よっ」
 彼はこちらに駆け寄ってきて柚香さんの隣の席へ腰掛けた。柚香さんは仲良さそうにはじけるようなスマイルを見せている。もしや彼が柚香さんのカレシなのだろうか。
「ごめんな、昨日は僕の練習に付き合わせて」
「いいのいいの。楽しかったから」 
 彼は顔の前に両手を合わせて、この通ーり!と頭を下げた。相当申し訳なく思っているようで、声は小さい。それに対し、柚香さんはまんざらでもなさそうにニコニコと笑っている。
「ありがとう。それより君は?」
 顔を上げて彼はこちらに視線を向けた。
「虹七ちゃんよ、あたしのクラスメイト」
「へー、僕は柚香のカレシの柳櫂冬(やなぎかいと)。虹七先輩って、呼んでいいですか?」
 やっぱり。
 それより先輩呼びなんて中学でもされたことがない。ろくに後輩と接してきていないからだ。だからか、ビクリと肩が揺れる。
「えーっと、うーん……先輩はつけなくてもいいです」
 なんか話してる感じぎこちない。柚香さんとはタメ口呼び捨てで話してる中、私だけが先輩呼びなんて。
「そうですか。じゃあ、虹七さんで。僕のことは自由に呼んでいいです」「じゃあ……柳くん」
「おう、よろしく。椋翔も話に参加してよ」
 等の本人はまだ紙に目を通していた。よっぽど読みにくいらしい。しかし、話を振られると、メモ用紙に何かに書いて机の真ん中に置いた。
『話かけんな。ふたりとも追い出すぞ!』
 ついさっきの私に対する態度と同じ感じだ。でもなんか違うような気がする。そっけなく冷徹な言葉がそこには記載されていた。
「ふたりって、あたしと櫂冬のこと?」
 柚香さんが問いかけると、椋翔くんは頷いた。どうやら耳が聞こえないというわけではないらしい。ふたりとも一応声は小さいのにどうして脅されているんだろう。