「えっ……」と、驚いた声が錦奈の口から漏れる。
 一体、僕は何をしているんだろう。理性が追いつかないまま、心臓がバクバクと激しく脈打ち、胸の奥まで響いて止まらなかった。緊張のあまり錦奈にまで聞こえそうだ。

 僕もバカだ。テストの点数はいつも大体赤点になりそのまま補習行きになる。数学と英語は特にそうだ。その度に目の前が真っ暗になって、どうしてこうなんだろうって考える。それはイジメに対してもそうだ。

 そういう思いが錦奈の気持ちと一致していたのだろう。だから胸を貸したのだろう。こんなことしてもいいのだろうかと思いながらも離すわけにもいかず、片手は錦奈の背中にあて、もう一方の手で髪をゆっくり撫でる。
そうしていると、彼女は嗚咽を鳴らし始め小さな子どものように声をあげて泣いた。

 錦奈は何も悪くない。僕だって電車の乗り間違えくらい、ごくたまにあるし、寝坊して遅刻することだってある。ただ、錦奈にとってはそんな些細なミスが頻繁に起こるだけで、その度に無意識に自分を責めてしまうのだろう。

「僕がいる、大丈夫」

 側にいてあげたい。つらいって気持ちは痛いほどわかるから。支えてあげたい。いくらいじめられたって錦奈と一緒なら生きていけそうな気がしてくる。

「ありがとう、その気持ちだけで十分だよ。どうせ、離れていくんでしょ?みんなみたいに」
 
 錦奈はかすかに笑いながら言った。その声には、どこか諦めの色が見え隠れしていた。
 
「いや、離さないよ」

 彼女が最初から諦めているような、その決めつけに胸が痛んだ。錦奈の背中に置いていた手に、自然と力がこもる。僕は彼女を絶対に手放したくない気持ちが強くなった。傍から見ればまだ少ししか言葉を交わしていない、顔見知りぐらいの関係なのに。僕にとっては錦奈のことが愛おしいとさえ思っていた。

「優しいね……櫂冬くんは。わたしのお願い、頼んでいい?」
「いいよ」