でもどうやってごまかそう。たとえ聞こえていなくても口が動いているのだから、なんて喋ったか一文字ぐらいはわかってしまうかもしれない。

 しばらく逡巡しても言い逃れは少しも思いつかず、諦めて息を吐く。それから言葉を文字にした。

 メモ帳を差し出すと、イケメンは目を見開いた。栗色に透き通ったそれはゆらゆらと揺れ、混乱してるのが目に見えてわかる。

 そりゃそうだ。私だって戸惑っている。この発言に。なんかもっと他にかける言葉はなかったのだろうか。例えばなぜ筆談なんですかとか。穴があったら入りたいとはまさにこのことだ。

 イケメンは返す言葉が見つかったのか、声は発さずに手を差し出してきた。ペンを返せと言いたげに。私は持っていたペンを返し、彼がペンをメモ帳へと走らせる姿を見つめた。

 やがてイケメンは手を止め、またそれを差し出してきた。

『まず、名前を聞いていいですか?』 

 その一言はまさに冷静であった。順序よく状況を理解したいらしい。私が手を差し出すと、イケメンはペンを渡してくれた。

『2年生の紫花虹七(しばなにじな)です』

 メモ帳とペンを返すとイケメンは唇をわなわなと震わせた。思いがけない現実に出くわしたみたいだ。手もガクガクと震えていて、恐怖を覚えているように窺える。

『わかった、姉貴』
「どうして……?」

 まさか、了承してくれるなんて思ってもみなかった。夢でも見ているような感覚に襲われ、目を疑う。しかもしれっとタメ口で接してきたし。

 疑問を抱いていると、イケメンは黙ったままペンを動かし、メモ帳を再度見せてくれる。
 
『今は言えない』