ガラガラッ。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。深い湖の底にいるような眠りの感覚は、引き戸が開かれる音で強制的に中断させられた。
「……ん?」
「へんねまはそこまでね」
重いまぶたは嫌でも開いてしまう。丘先生の声だ。穏やかでいつもよりこころなしか声を潜めている。
「……その方言、どこのですか?」
「さぁ、昼寝って言う意味よ」
「福井県の方言らしいですよ。先生」
真面目そうな高い声が聞こえて辺りを見渡すと丘先生の数歩後にタレ目な女子が立っていた。2つ結びの髪に顔立ちは地味でカメラのピントがずれたような鼻筋だ。目を引く要素は顔面にはなく、知的な雰囲気のみを醸し出している。
しかし、怪我でもしたのだろうか。右手首はテーピングされていて痛そうで目立つ。
「そういえば、先生福井出身だったわー。やはりプロットつくってたら物知りになるよね」
褒めたたえるように丘先生は手をたたいている。それに対して彼女はまんざらでもなさそうな顔をした。それから口を開く。
「はじめまして。2年生の榎柚香です」
どうやら彼女は同い年らしい。でも身長は私より高いが、椋翔くんよりかは低い。どちらにしても見上げる首が痛くなる。147という小学生みたいな私の低身長がそもそも悪いのだけれど。別に睡眠不足でもないのに、なぜこんなに伸びずに高2まで上がってしまったのやら。
「は、はじめまして。紫花虹七です」
名前は聞いたことがないし、去年は違うクラスだったのだろう。
「虹七ちゃんって、呼んでいい?ため口でいいよ。同い年っていうのは丘先生から聞いたし」
彼女は屈託のない笑顔を浮かべて言った。その声はひそひそ話をするような小ささだ。でも仲良くしたいという気持ちが目に見えて伝わってくる。
生徒と話すことさえ久しぶりだ。さっきも椋翔くんにタメ口で良いって筆談で言われたけど呼び捨ての方に必死で直す間もなかった。
うまく言えるだろうか。
「うん……はい」
やっぱり慣れない。顎が震えて、緊張して最後には敬語がでてしまった。その様子を見てか彼女は小さくため息をついた。
「ゆっくりでいいよ」
「ありがとう、ございます。柚香さんでいい、ですか?」
「うん、焦らなくていいから」
「それより、手首大丈夫なのですか?」
「ああ、これ?」
彼女改め柚香さんはテーピングされた右手を上げた。それにコクリと頷く。
「あたしね、年下のカレシがいるの。テニスバカでさ、練習に付き合っていたら疲労骨折しちゃって。あ、全然気にしなくていいよ」
「昨日テーピングしたばかりだし、1ヶ月は練習休んでね」
柚香さんは笑顔を崩さず首を横に振った。その隣で丘先生は口を尖らしている。
「それで、どうしてふたりとも小さい声なんですか?」
何か特別な理由があるのだろうか。私と柚香さんと丘先生と椋翔くん、4人だけなら別に静かにしようとしなくてもよさそうなのに。
困惑していると、柚香さんは目をぱちくりさせた。それから何かを理解したように愕然とする。
「先生、言ってないんですか?椋翔くんのこと」
「あ、忘れてた」
丘先生はうっかりなのか、軽く頭をかいた。それから口を開く。
「帰りに保健室寄ってくれる?その時に説明するわ。とりあえずここではなるべく小さい声で」
「は、はい。わかりました」
どういうことだろう。声を潜めながらも頭の中には無数のクエスチョンマークが浮かんだ。でもいずれわかる。今は従っておこう。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。深い湖の底にいるような眠りの感覚は、引き戸が開かれる音で強制的に中断させられた。
「……ん?」
「へんねまはそこまでね」
重いまぶたは嫌でも開いてしまう。丘先生の声だ。穏やかでいつもよりこころなしか声を潜めている。
「……その方言、どこのですか?」
「さぁ、昼寝って言う意味よ」
「福井県の方言らしいですよ。先生」
真面目そうな高い声が聞こえて辺りを見渡すと丘先生の数歩後にタレ目な女子が立っていた。2つ結びの髪に顔立ちは地味でカメラのピントがずれたような鼻筋だ。目を引く要素は顔面にはなく、知的な雰囲気のみを醸し出している。
しかし、怪我でもしたのだろうか。右手首はテーピングされていて痛そうで目立つ。
「そういえば、先生福井出身だったわー。やはりプロットつくってたら物知りになるよね」
褒めたたえるように丘先生は手をたたいている。それに対して彼女はまんざらでもなさそうな顔をした。それから口を開く。
「はじめまして。2年生の榎柚香です」
どうやら彼女は同い年らしい。でも身長は私より高いが、椋翔くんよりかは低い。どちらにしても見上げる首が痛くなる。147という小学生みたいな私の低身長がそもそも悪いのだけれど。別に睡眠不足でもないのに、なぜこんなに伸びずに高2まで上がってしまったのやら。
「は、はじめまして。紫花虹七です」
名前は聞いたことがないし、去年は違うクラスだったのだろう。
「虹七ちゃんって、呼んでいい?ため口でいいよ。同い年っていうのは丘先生から聞いたし」
彼女は屈託のない笑顔を浮かべて言った。その声はひそひそ話をするような小ささだ。でも仲良くしたいという気持ちが目に見えて伝わってくる。
生徒と話すことさえ久しぶりだ。さっきも椋翔くんにタメ口で良いって筆談で言われたけど呼び捨ての方に必死で直す間もなかった。
うまく言えるだろうか。
「うん……はい」
やっぱり慣れない。顎が震えて、緊張して最後には敬語がでてしまった。その様子を見てか彼女は小さくため息をついた。
「ゆっくりでいいよ」
「ありがとう、ございます。柚香さんでいい、ですか?」
「うん、焦らなくていいから」
「それより、手首大丈夫なのですか?」
「ああ、これ?」
彼女改め柚香さんはテーピングされた右手を上げた。それにコクリと頷く。
「あたしね、年下のカレシがいるの。テニスバカでさ、練習に付き合っていたら疲労骨折しちゃって。あ、全然気にしなくていいよ」
「昨日テーピングしたばかりだし、1ヶ月は練習休んでね」
柚香さんは笑顔を崩さず首を横に振った。その隣で丘先生は口を尖らしている。
「それで、どうしてふたりとも小さい声なんですか?」
何か特別な理由があるのだろうか。私と柚香さんと丘先生と椋翔くん、4人だけなら別に静かにしようとしなくてもよさそうなのに。
困惑していると、柚香さんは目をぱちくりさせた。それから何かを理解したように愕然とする。
「先生、言ってないんですか?椋翔くんのこと」
「あ、忘れてた」
丘先生はうっかりなのか、軽く頭をかいた。それから口を開く。
「帰りに保健室寄ってくれる?その時に説明するわ。とりあえずここではなるべく小さい声で」
「は、はい。わかりました」
どういうことだろう。声を潜めながらも頭の中には無数のクエスチョンマークが浮かんだ。でもいずれわかる。今は従っておこう。