「そういえば、知ってる? この河川敷ってね、『会いたいって思う人に会える場所』って言われてるんだよ」

「へぇー、そうなんだ」


ボクは半信半疑で、花咲さんの話を聞く。

どうせ、またボクをからかって楽しもうとしているのだろう。


「ああ! その顔は、私の話を全然信じてないな。もしかして、また私が星野くんをからかおうとして言ってると思ってる?」


花咲さんは、いつもボクを出し抜くときのような笑みを浮かべながら尋ねる。

完璧に見抜かれていることに、ボクは少し動揺した。


「ひょっとして、図星だった?」


花咲さんは口に手を当ててケタケタと笑う。

まるでボクの考えなんてお見通しだと言わんばかりに。


「星野くんって、本当にからかいがいがあるね」


ほら、やっぱりそうだ。

でも、花咲さんにからかわれている中で、彼女のからかいのパターンはなんとなくわかってきた。

ボクだって、やられっぱなしで終わるつもりはない。


「だって、そうだろう? キミはいつもボクをからかって楽しんでるんだから」


ボクが開き直ってそう言うと、花咲さんはまたクスクスと笑った。


「確かに、星野くんの言っていることは一理あるね。でも、河川敷の話は本当だよ。嘘だと思うなら、調べてみてよ」


急に真剣な顔で言うもんだから、花咲さんの言葉にボクは少し戸惑った。


だけど、ボクはどうしてもその真相が気になって、帰りに図書館へ寄ってみることに――。





「嘘……だろ?」


図書館の静かな空気の中、思わず心の声が漏れた。

花咲さんが言っていた河川敷に関する文献がいくつか見つかって、半信半疑で調べてみた結果――彼女が言っていたことがどの文献にも書かれていたのだ。


目の前にある事実に面を食らったボクは、また花咲さんにまんまとやられてしまった。

彼女が満足げに笑う顔が目に浮かぶ。


今度こそ、彼女のからかいを読み切ったと思ったのに……。

なぜかいつもうまくかわされてしまう。

それは、花咲さんがボクをからかうだけからかって、何の前触れももなくいきなり本当のことを言うからだ。

そのせいで、彼女が言っていることは本気なのか冗談なのか、わからなくなる。


そして、気がつけば、ボクはいつも彼女の手のひらの上で踊らされているのだ。





「この間、キミが言っていた河川敷の話……あれ、本当みたいだね」


次の日、例の河川敷でボクは不服な顔をしながら、花咲さんに言った。

案の上、彼女はボクが想像した通りの表情をしている。


「本当に調べてくれたんだ。てっきり、私の言っていることは作り話だから、調べもせずに『嘘だ』って突っぱねるかと思ったのに」


とは言いつつも、花咲さんの笑みには余裕が感じられる。


「よく言うよ。本当はボクに調べさせるように仕向けたくせに」

「あらら、今のはちょっと痛いところを突かれちゃったな」


花咲さんは少しバツの悪そうな顔をしながらほほ笑むと、ふと表情を変えてボクに問いかけた。


「ねぇ、星野くんは『会いたい人』っているの?」

「会いたい人……?」


――別にいないけど。


そう答えようとしたそのとき、なぜか目の前にいる花咲さんが思い浮かんだ。

なんだか妙な気持ちになって、ボクは思わず彼女から視線をそらす。

だけど、花咲さんはボクの動揺を見逃さなかった。


「あれ? その反応、もしかしているの?」

「べ、別にっ!」


焦って否定するボクに、花咲さんは不敵な笑みを浮かべる。


「なんだか怪しいなぁ……」


このままでは、また花咲さんにからかわれてしまう。


「そう言うキミはどうなの?」


話をそらすために、花咲さんに同じ質問をした。

きっと彼女は素直に答えてはくれないだろうけど――。


「……いるよ」


ボクの目をまっすぐに見つめて答える花咲さん。

予想もしなかった返答に、なぜかボクの心はひどくざわついた。


「誰?」


思わず気になって、ボクは花咲さんに問いかけた。

すると、彼女はボクの顔をじっと見つめながら、少しだけ口角を上げた。


「私が会いたいと思う人は……星野くんだよ」


その瞬間、不覚にも胸の奥がドキッと跳ねた。

体がじわじわと熱くなっていく。


「あれ、どうしたの? 顔が真っ赤だけど」


花咲さんが、あのいつものイタズラな笑みを浮かべた瞬間、またしても彼女にしてやられたことに気づいた。


「き、気のせいだよっ!」


強く否定したけれど、動揺している自分に、嫌でも気づいてしまう。

花咲さんに笑われて、ますます恥ずかしくなった。


「じゃあ、私は答えたから、次は星野くんの番だよ」

「えっ?」

「星野くんが会いたい人って、いったい誰なの?」


ボクの動揺を楽しむように、花咲さんは再びボクに尋ねた。


ここで「花咲さん」と答えるのが正解なんだろうな、とは思うけど……。

それじゃ、まるで彼女に言わされているみたいだ。


「い、いないからっ!」


つい、少し強がってそう答えてしまった。


「えぇーっ! 私はちゃんと言ったのに……まぁ、いいか!」


花咲さんは不服そうに唇を尖らせていたけれど、それ以上は追及してこなかった。

ボクはホッと一息吐いた――その瞬間。


「……私のことは見えてるみたいだから」


花咲さんは何かを呟いた。


「何か言った?」


ボクは聞き取れなくて、花咲さんに聞き返す。

すると、花咲さんはほほ笑んで首を振った。


「なんでもないよ」


そう言いながらも、花咲さんの目がどこか遠くを見つめていた。

その目に映るのは、ボクにはまだわからない何かがあるようで、気づけば胸の中にモヤモヤとした思いが広がっていく。


この感情がいったいなんなのか、ボクにはわからない。

だけど、これだけははっきりと言える。

花咲さんといっしょにいる時間は、案外悪くない。