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ボクと花咲さんは同じ高校の同級生だが、一度も同じクラスになったことはなかった。
そんなボクたちが関わるようになったのは、つい最近のこと。
今年、図書委員でいっしょに当番をするようになったのがきっかけだ。
最初のころは、おたがいに何も話すことがなく、ただ黙々と図書委員の仕事をこなしているだけだった。
そのときの彼女は、おとなしくて静かな人。
そんな印象だった。
ところが、ある日のこと。
いつものように図書室の当番をしていたとき、花咲さんが突然提案してきた。
「本棚の整理、どっちが早く終わるか競争しない?」
「え、競争?」
「そう。ひたすら静かに作業するのもいいけど、ゲーム性があったほうが効率良さそうだから。どう?」
花咲さんの提案に、ボクは驚きを隠せなかった。
彼女は勝敗ごとは好まないタイプだと思っていたから。
ボクに勝負を挑んでくるなんて、まったく予想外だった。
だけど、花咲さんの言う通り、ゲーム感覚で作業するのは確かに効率が良いだろう。
それに、本を読める時間も増える。
案外、悪くない提案だ。
「わかった、いいよ」
「やった!」
花咲さんはうれしそうに喜ぶ。
「じゃあ、せっかく勝負するんだし……勝ったほうは負けたほうにひとつだけお願いを聞いてもらうってことにしようよ」
花咲さんの提案に、一瞬戸惑った。
図書委員の仕事でたまに話すくらいで、それまで特に親しい関係でもなかったから。
花咲さんがなぜそんな提案をしたのか、ボクは不思議に思った。
「お願いって、ボクに何を頼むつもりなの?」
「それは、ヒミツだよ。だって、私が星野くんに負けちゃうかもしれないから」
「ご、ごめん……」
まだ勝負も始まってないのに、つい気になって聞いてしまったことが申し訳なくて、花咲さんに謝る。
「気にしないで。本にしか興味がない星野くんが、私に興味を持ってくれてるのはうれしいから」
花咲さんの不意の言葉に、なぜか照れくさくなった。
「じゃあ、長い針が“3”に来たら、勝負開始ね」
「うん、わかった」
ボクたちは位置について、図書室の時計に視線を合わせた。
静寂の中、秒針の音が聞こえる。
緊張感が高まる中、長い針が“3”を指した瞬間、ボクたちは一斉に本棚の整理を始めた。
静かな図書室には、本を片づける音とボクたちの息づかいが響いている。
やはり勝負をしているせいか、本の整理は普段よりも速く進んでいるように感じた。
動きはどんどん速くなって、ゴールが近づく。
ついに、最後の本に手をかけて棚に戻して、ボクはゴールした。
だけど、一足先に本棚の整理を終えた花咲さんの姿が――。
「私の勝ちだね」
そう言って、満面の笑みを浮かべる花咲さん。
僅差だったので、少し悔しい。
「約束通り、私のお願いひとつ聞いてもらおうかな」
「わかったよ」
ボクは潔く負けを認めて、彼女のお願いを聞く。
「星野くんって……好きな人、いるの?」
「……えっ!?」
予想もしていなかった花咲さんの質問に、ボクはひどく動揺した。
「え、えっと……」
言葉を詰まらせるボクに、彼女は少し首をかしげる。
「その反応は……もしかして、好きな人でもいるの?」
彼女の質問に、ボクはますます焦る。
「いや! 違くてその……こういう話、誰ともあまりしたことがないから、どうしたらいいのかわからないだけで……」
「へぇー、そうなんだ」
ボクの反応に不敵な笑みを浮かべる花咲さん。
「で、結局いるの? いないの?」
「い、いないよ……」
催促されてようやく言葉を絞り出すと、花咲さんはクスクスと笑った。
「そっか、いないんだ。よかったぁ……」
「花咲さん、なんでそんなに笑ってるの?」
「だって、もし星野くんの好きな人に、私との関係を誤解されたら申し訳ないからさ。安心したんだよ」
なぜか花咲さんの言葉に、心臓がドキッとした。
「ボクに興味を持つ人なんて誰もいないよ」
「そう? 絶対にいると思うけどな……星野くんに興味ある子」
「それはどうも」
「もうーっ! 絶対に信じてないなぁ!」
花咲さんのお世辞を軽く受け流すと、彼女は不服そうな顔をした。
「そう言う花咲さんには、好きな人はいないの?」
何気なく、花咲さんに質問をしてみる。
「さぁ、どうでしょう」
花咲さんはイタズラな笑みを浮かべる。
「もし気になるなら、次に勝負して私に勝ったら教えてあげるよ」
結局、花咲さんからかわれるだけからかわれて、肝心なところははぐらかされて教えてくれなかった。
それから、ボクたちは図書委員でいっしょになると、他愛のない話をしたり、勝負をして賭けをしたりすることが恒例になった。
だけど、いまだに花咲さんとの勝負には勝てていなくて、まだ彼女に好きな人がいるのかどうか聞けていない。
それどころか、賭けをして負けるたびに、なぜか花咲さんと恋愛話をすることになり、困っているボクを見て彼女がからかってくるようになった。