あれから月日が経ち、明日で夏休みが終わろうとしていた。
花咲さんがボクの前から消えてから、ボクはこの河川敷で彼女の姿を見ることはなかった。
河川敷の景色は、あのときと変わらず、草木は茂り、川の流れは穏やかだ。
でも、ボクの心にはぽっかりと穴が開いたまま。
時間だけが止まったように感じる。

花咲さんが薦めてくれた河川敷にまつわる本には、相手を強く思えば会えると書いてあった。
それなのに、今まで会えていた彼女の姿が、今日はどこにも見えない。
あのときよりも彼女のことを思っているはずなのに、会えないのは、ボクの気持ちが薄れてしまったということなのだろうか。
心の中で何度も問いかける。
毎日が同じように過ぎていく中で、ボクは彼女のことを考え続けていたはずなのに。
学校が始まれば、もっと彼女のことを思い出せなくなるのではないかと怖くなる。

河川敷でひとり、本を読むことが日課になっていたボクには、もう彼女の笑い声も、からかうような言葉も届かない。

「……会いたいよ、花咲さん」

呟いた声は風に流され、川のせせらぎに飲み込まれていく。
河川敷の風景は変わらないのに、ボクの心だけが空虚なままで。
まるで花咲さんが消えたときからボクの時間も一緒に止まってしまったようだった。




次の日。
学校で始業式があった。
式が終われば、午前中で下校だ。
今日も河川敷に足を運ぼうと、教室を出て昇降口へ向かおうとすると――。

「星野くんっ!」
廊下で猛ダッシュでやってくる橘さんがいた。息を切らし、額にうっすら汗を浮かべている。

「橘さん、どうしたの?」
橘さんの目はどこか焦っていて、普段の落ち着いた様子とは違っていた。

「お願いっ! どうしてもいっしょに来てほしいところがあるのっ!」
声は震えていて、ただならぬ事態であることが伝わってくる。

橘さんに引っ張られるようにして連れてこられたのは、病院だった。
病院の白い壁、消毒液のにおい、行き交う看護師たちの足音が耳に入ってくるたび、心臓が大きく跳ねた。鼓動が早まり、手が震える。
橘さんにはまだ何も言われていないけど、なぜここにボクを連れてきたのかわかった。

ここに、花咲さんがいるんだ。

真実を知りたい自分と、現実を知りたくない自分がせめぎ合っている。
足が重く、一歩を踏み出すごとに心臓の音が大きく響く。
それでも、橘さんの強引さに押し切られて、ボクは病院の中へと入った。

橘さんに促されて歩いていくと、とある病室の前に立ち止まる。
部屋の扉には「花咲陽菜」と書かれたプレートがかかっているのを見つけ、息を呑んだ。

「陽菜っ!」

橘さんが扉を開けると、そこには花咲さんの姿があった。彼女はベッドに腰掛け、少し疲れた様子で、でも確かにボクの知っている花咲さんだった。

「美咲、星野くん……」

花咲さんはボクたちを見て、ほんの少しイタズラっぽく笑った。あのときと変わらない、彼女のあの笑顔だ。

「ふたりとも来てくれたんだ、えへへ」

あのイタズラな笑みが浮かび、ボクの胸の中で何かが一気に溶けていくような気がした。

「陽菜っ……よかったぁ……」

橘さんが泣きながら花咲さんに抱き着く。
花咲さんも少し目を潤ませながら、優しく橘さんを抱きしめ返していた。

「ごめんね、心配かけて」

花咲さんの声は少し弱々しいけれど、彼女の笑顔には変わらない温かさがあった。
ボクはその姿に一瞬、言葉を失ってしまう。
彼女が目の前にいるのに信じられなくて、心の中で何度も確認してしまう。

橘さんは制服の袖で涙を拭いながら、顔を上げる。

「私、顔を洗ってから、飲み物を買ってくるね」

橘さんはそう言って病室をそっと後にした。
ここには、ボクと花咲さんのふたりきりだ。

「えっと……星野くん、その……っ!」

バツの悪そうな顔をする花咲さんを見て、ボクはいてもたってもいられなくなり、思わず彼女を抱きしめた。
触れた感触に、ここにいるのが幻じゃない、確かに花咲さんだと実感する。

「よかった……ホントに、よかった……」

ボクの声は震えていた。
これまでの不安や寂しさが一気に溶けて、胸の奥から言葉があふれ出す。

「ごめんね、悲しい思いをさせて」

花咲さんの声も少し掠れていて、それでも彼女の温かさが伝わってきた。

今度こそ、後悔しないように言うんだ。花咲さんに自分の気持ちを、はっきりと――。

「ねぇ、河川敷で私に言いかけたことって何?」

花咲さんは少しイタズラっぽく笑って、ボクを見つめる。
あんなに心配させておいて、またボクをからかうつもりだ。
けれど、この瞬間を逃したくない。ボクの胸は高鳴り、言葉を飲み込むことなく前に進んだ。

「……ボクは花咲さんのことが好きだよ」

ボクの言葉に、花咲さんは一瞬目を見開いて、顔を真っ赤に染めた。
彼女の表情が柔らかくほころび、恥ずかしそうに目をそらす姿に、胸が温かくなる。

「……私も、星野くんが好きだよ」

その言葉に、ボクの心が一気に満たされる。
お互いの気持ちが重なり合う瞬間に、これ以上ない幸せを感じた。