「でしたら、部屋を用意してもらえるようにお願いしてきま……」
「明日からのご飯作り、楽ができそうで嬉しいよぉ」
「そう言ってもらえると……その、嬉しいです」
ここで働きたいって言葉にするだけで苦労した俺は、いつか自分の気持ちを言葉にする機会が訪れたときには心臓が破裂してしまうのかもしれない。そんな馬鹿げた発想が涌いてしまうくらい、本当に心臓が激しく動いている。
「その、なんとかさんって呼び方も……」
「なんとかさんは、なんとかさんです」
ミネは食事も途中に席を立ち上がってしまって、食堂っぽい場所から小走りで走り去っていった。
「これ、ミネちゃんの照れ隠しだから」
「えー、俺への嫌がらせじゃなくてですか?」
「ミネちゃんは、お友達を作るのが恥ずかしいんだよ」
「…………」
何か重要な告白をされたわけでもないのに、一気に自分の顔が熱を帯びるのを感じる。
意味の分からない恥ずかしさに包まれながら、俺はまた度を越えた塩辛い野菜たちを口に運んだ。
「なんとかさん、お待たせしました」
俺の人生を救ってくれて、ありがとう。
そう伝えたい気持ちはあっても、大袈裟すぎる言葉の羅列に自分が照れてきてしまう。
「こちらが、なんとかさんのお部屋になります」
凶悪そうな男たちとの食事の時間を終え、片付けを済ませた俺たちは明かりがあるんだかないんだか分からないような不気味な廊下を歩いた。
「すっご、個室がもらえるなんて思ってもみなかった」
「言いましたよね、良くしてもらっていると」
ただし、俺たちが利用している施設が独房のような造りであることに変わりはない。
個室を与えてもらったものの、眠りに就くためのベッドが見ただけで硬いと判断できてしまった。
(あれ? 待遇、そんなに良くないんじゃ……)
新しく始まる人生に希望を抱き始めたはずなのに、身体がばきばきになりそうなベッドを見て泣きたくなった。
「これから、いろいろ買い揃えていきましょう」
「そうしてくれると助かる。このままじゃ、翌日には体が使い物にならなくなる」
「ですね」
ミネの身体は小柄なのに、この独房を支配している重そうな鉄の扉をいとも簡単に開いていくのだから見ていて面白い。
「明日も、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
「なんとかさんの魔法、とても戦力になっていますから」
味付けは失敗したけど。
そんな言葉を心で付け加えて、天狗にならないように気を引き締める。
「なんとかさんのおかげで、これから美味しいご飯をたくさん提供できそうで……その、とてもわくわくとした気持ちになります」
魔法の力を使って、心もとない灯りしか存在しない廊下を明るく照らせば良かった。
ミネが、どんな表情で、この言葉を言ってくれたのか。
自分の目で確認したいなーなんて気持ちが生まれてくる。
(生まれ変わってからの俺、気持ち悪っ)
そうは思うものの、悪い気はしないってことはミネには一生隠し続けたいなと思う。
「なんとかさん? 大丈夫ですか?」
背伸びをした彼女の大きな瞳が、俺の顔を覗き込もうとしてくる。
「魔法を使いすぎると、疲労感として表れてきてしまいますから……」
淡々とした喋り口調なのに、どこか優しさを含んだ声質。
そんな彼女に顔を覗き込まれてしまって、心臓が馬鹿みたいに速度を上げていく。
いくら女性に慣れていないからといって、こんな風にいちいち大きく挙動不審さを表に出してばかりはいられない。
「俺たちの手で、美味い料理を食べてもらいたいなって……そういう夢、抱いてただけ」
落ち着け、落ち着け、俺の心臓。
言い聞かせていく自分が格好悪いのに、そこまで自分のことを嫌いになれないのはどうしてなのか。
「夢……」
「ちっちゃい夢とか言うなよ……これだって、立派な夢なんだから」
前世で風邪を引きまくった結果、碌な人間関係を築くことができなかった。
俺が元気になって学校に通えるようになると、既にグループという名の輪が完成してしまっている。
その輪に入っていく勇気のない俺は、いつまで経ってもクラスメイトAのままだった。
「夢を……」
「ミネ?」
饒舌に話すミネが、今は存在しない。
言葉を迷っている様子が新鮮で、俺はミネが紡ぎ出す言葉の続きを待った。
「夢を抱いたことがなかったので……その、なんとかさんのお考えが、とても素敵だなと思いました」
なんでこんな薄暗い廊下で、こんなに嬉しすぎる言葉を受け取らなきゃいけないのか。
「明日からのご飯作り、楽ができそうで嬉しいよぉ」
「そう言ってもらえると……その、嬉しいです」
ここで働きたいって言葉にするだけで苦労した俺は、いつか自分の気持ちを言葉にする機会が訪れたときには心臓が破裂してしまうのかもしれない。そんな馬鹿げた発想が涌いてしまうくらい、本当に心臓が激しく動いている。
「その、なんとかさんって呼び方も……」
「なんとかさんは、なんとかさんです」
ミネは食事も途中に席を立ち上がってしまって、食堂っぽい場所から小走りで走り去っていった。
「これ、ミネちゃんの照れ隠しだから」
「えー、俺への嫌がらせじゃなくてですか?」
「ミネちゃんは、お友達を作るのが恥ずかしいんだよ」
「…………」
何か重要な告白をされたわけでもないのに、一気に自分の顔が熱を帯びるのを感じる。
意味の分からない恥ずかしさに包まれながら、俺はまた度を越えた塩辛い野菜たちを口に運んだ。
「なんとかさん、お待たせしました」
俺の人生を救ってくれて、ありがとう。
そう伝えたい気持ちはあっても、大袈裟すぎる言葉の羅列に自分が照れてきてしまう。
「こちらが、なんとかさんのお部屋になります」
凶悪そうな男たちとの食事の時間を終え、片付けを済ませた俺たちは明かりがあるんだかないんだか分からないような不気味な廊下を歩いた。
「すっご、個室がもらえるなんて思ってもみなかった」
「言いましたよね、良くしてもらっていると」
ただし、俺たちが利用している施設が独房のような造りであることに変わりはない。
個室を与えてもらったものの、眠りに就くためのベッドが見ただけで硬いと判断できてしまった。
(あれ? 待遇、そんなに良くないんじゃ……)
新しく始まる人生に希望を抱き始めたはずなのに、身体がばきばきになりそうなベッドを見て泣きたくなった。
「これから、いろいろ買い揃えていきましょう」
「そうしてくれると助かる。このままじゃ、翌日には体が使い物にならなくなる」
「ですね」
ミネの身体は小柄なのに、この独房を支配している重そうな鉄の扉をいとも簡単に開いていくのだから見ていて面白い。
「明日も、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
「なんとかさんの魔法、とても戦力になっていますから」
味付けは失敗したけど。
そんな言葉を心で付け加えて、天狗にならないように気を引き締める。
「なんとかさんのおかげで、これから美味しいご飯をたくさん提供できそうで……その、とてもわくわくとした気持ちになります」
魔法の力を使って、心もとない灯りしか存在しない廊下を明るく照らせば良かった。
ミネが、どんな表情で、この言葉を言ってくれたのか。
自分の目で確認したいなーなんて気持ちが生まれてくる。
(生まれ変わってからの俺、気持ち悪っ)
そうは思うものの、悪い気はしないってことはミネには一生隠し続けたいなと思う。
「なんとかさん? 大丈夫ですか?」
背伸びをした彼女の大きな瞳が、俺の顔を覗き込もうとしてくる。
「魔法を使いすぎると、疲労感として表れてきてしまいますから……」
淡々とした喋り口調なのに、どこか優しさを含んだ声質。
そんな彼女に顔を覗き込まれてしまって、心臓が馬鹿みたいに速度を上げていく。
いくら女性に慣れていないからといって、こんな風にいちいち大きく挙動不審さを表に出してばかりはいられない。
「俺たちの手で、美味い料理を食べてもらいたいなって……そういう夢、抱いてただけ」
落ち着け、落ち着け、俺の心臓。
言い聞かせていく自分が格好悪いのに、そこまで自分のことを嫌いになれないのはどうしてなのか。
「夢……」
「ちっちゃい夢とか言うなよ……これだって、立派な夢なんだから」
前世で風邪を引きまくった結果、碌な人間関係を築くことができなかった。
俺が元気になって学校に通えるようになると、既にグループという名の輪が完成してしまっている。
その輪に入っていく勇気のない俺は、いつまで経ってもクラスメイトAのままだった。
「夢を……」
「ミネ?」
饒舌に話すミネが、今は存在しない。
言葉を迷っている様子が新鮮で、俺はミネが紡ぎ出す言葉の続きを待った。
「夢を抱いたことがなかったので……その、なんとかさんのお考えが、とても素敵だなと思いました」
なんでこんな薄暗い廊下で、こんなに嬉しすぎる言葉を受け取らなきゃいけないのか。