「あー、あー、あー……」
「そんなに落ち込まなくても、これが現実です」

 淡々した口調で、魔法が失敗するのは当たり前のことと語ってくるミネに鋭い視線を向ける。
 でも、ミネはその鋭い視線すら無視して、俺が作った野菜と肉の醤油漬けと白飯を食していく。

「…………」

 ふと顔を傾けて、俺たちと一緒に食事している凶悪そうな男たちへと視線を向ける。
 今にも人を殺してしまいそうな人相をしていて、この人たちの職業はなんですかってツッコミたいのに、その残忍さを含んだ顔立ちの男たちは文句も言わずに失敗した料理を食べ進めている。

「はぁ」

 俺の失敗を茶化してくる人はいても、『こんなもん食えるかー』って怒鳴り声を上げながら皿を投げつけてくるような人はない。

(怒られた方が良かったのか……?)

 でも、男たちに叱責されたところで、俺には美味しい食事を提供することはできない。
 男たちも、それを理解しているからこそ叱責することを諦めているのかもしれない。

「魔法の難しさ、痛感してもらえたでしょうか」
「嫌ってくらい痛感したよ」

 魔法の力を利用しての肉じゃが作りは失敗したものの、そのあとの米を炊くって作業はなんなくこなすことができた。
 再び魔法を成功させることはできたため、俺の力が弱まったとかそういうことではないらしいことに安堵した。

(やっぱり、俺が肉じゃがの作り方を知らないからか……?)

 肉じゃがに使う調味料の類が分からない。
 それが魔法を失敗した理由に繋がるんじゃないかと考えてはみるものの、俺が新しく生きることになった世界には調味料の類が存在しない。

(でも、調味料の知識がなくても、この世界の住人は肉じゃがを食すことができてる……)

 意味が分からないことだらけ。
 でも、その意味が分からない中に、肉じゃがって料理が存在しているのは事実。

(なんで、味付けの過程だけ失敗したんだろ……)

 たまたま失敗しただけと思い込みたいけど、実際は自分が調子に乗ったからなんじゃないかって発想も生まれてくる。

(褒められたの……嬉しかったから……)

 さすがに義務教育を受けた記憶が抜け落ちているなんてことはないけど、その残された義務教育の過程で教師から褒められた記憶は一切ない。先生が厳しい人だったとかそういうことではなく、俺は先生にとって『心配』な存在だったんだと思う。

(めちゃくちゃ体調崩しまくったもんなー……)

 褒めポイントを見つけるどころの話ではなく、先生にとっての俺はお荷物。
 常に体調を気遣わなければいけない、ある意味では重要人物だったのかもしれない。

(親も同じような感じだったな……)

 人に褒められるために生きてきたわけではないはずなのに、褒められたことがないって経験は虚しさを煽っていくには十分な材料へと繋がっていく。

(褒めるどころじゃなくて、ただただ心配かけるだけの人生だったってことか……)

 だから、よりにもよって新しく始まった人生で使いこなした魔法を褒めてくれたことが、何よりも嬉しいと感じてしまった。

(誰だって天狗になるって……)

 塩辛さしか感じない食事を口に運んでいくと、まるで漬物と白飯を一緒に食べているような感覚になっていく。
 漬物の味は懐かしいはずなのに、調理された食材は肉じゃがを目指していたって思うと申し訳なさが生まれてくる。

「……さん」

 ミネに名前を呼ばれていたことに気づかないくらい考えごとに集中していたらしくて、顔を上げると、そこには馴染みある『心配そうな顔』が俺を待っていた。

「あ……悪い……考えごとしてて」
「考えごとの何がいけないんですか?」
「一人の時間を確保するって、とっても大切なことだと思うよぉ」

 一緒に食事を共にしている二人は、またしても俺のことを叱りつけてこない。
 ミネの表情はたいして動きがないけれど、リリアネットさんは朗らかな笑みを浮かべて何も問題が起きていないことを伝えてくれる。

(勇気、出してもいいかな……)

 ちゃんと、顔を上げる。
 ちゃんと、ミネとリリアネットと目を合わせる。
 無理しているのではなく、ちゃんと、俺は大丈夫だって表情を浮かべてみせる。

「なんとかさんは、日雇いなのかどうかというお話です」

 俺の大丈夫って感情が伝わったのか、ミネは話題にしたい内容を丁寧に教えてくれる。

「日雇いでしたら、お給料の手続きをお手伝いしますが……」

 風邪をこじらせて亡くなった前世も、新しく始まった人生も、人と話すには極度の緊張と多大な勇気が必要。
 それはいつだって変わりはないけど、俺には、俺って人間を助けてくれる人がいるってことに広がった視野が教えてくれる。

「ここで雇ってほしい」

 この言葉を発するだけで、すげー勇気が必要だった。
 ここで働きたいっていう意志を示すって、こんなにも勇気がいることなんだって初めて気づかされた。