「最大の難関までやってきましたね」
「だねっ」

 ミネとリリアネットさんは、何人分の食事を作っているんですかってツッコみたくなるような大鍋の中を覗き込む。
 もちろん大鍋の中には、俺が火を通した材料が眠っている。今か今かと、人間に食されているのを待ち望んでいるはず。

「なんとかさん、作るのは肉じゃがです」
「じゃがいもがほっくほくの肉じゃがだと嬉しいなぁ」
「…………」

 あまりにもツッコむことの多い人生に早々と疲れてしまったのか、この西洋風の世界観に肉じゃがが立派に溶け込んでいることへのツッコみを忘れてしまった。

(カレーかシチューか、肉じゃがだろうなっていう発想はあったけど……)

 材料から完成する料理を予想してはいたものの、この世界にカレー粉が存在するのかという謎はもちろん抱いていた。
 材料に牛乳の類が用意されていないことから、恐らく今日の夕飯は肉じゃがかなーなんて発想に辿り着くことはできていた。

「あの……」

 だが、新しく始まった人生に問題は山積みだった。
 そう簡単に、肉じゃがなんてものは作らせてくれない。

「調味料は……」
「なんですか? ちょうみりょうとは」
「肉じゃがが美味しくなる何か?」

 調味料がないのかよ!
 そう声に出してしまうと、本当に喉が枯れてしまいそうだったから心の中で盛大にツッコんでみた。

(は? は? 調味料がない????)

 肉じゃがの味は分かる。
 生前に母親が作ってくれた肉じゃがの味はまだ記憶に残っているものの、その肉じゃがの味を魔法で再現するってことの意味が分からない。いや、意味は分かっているものの、どう妄想を広げたら肉じゃがが完成するのかよく分からない。

(醤油を使ってるのは分かってるけど、なんであの甘さが出るんだろう……)

 すべての工程を魔法がなんとかしてくれる世界だったら、使っている調味料を頭で描く必要はないかもしれない。
 でも、美味しい肉じゃがを妄想するには、具体的な調味料が分かった方がありがたい。

(なんで学校の調理実習でも、肉じゃがを教えてくれなかったんですか! 先生!)

 肉じゃがの甘さが何でできているのかさっぱり思い浮かばない俺は、懸命に母の味を思い出すことに集中する。

(そもそも、母さんが肉じゃがを作ったのなんて云年前のような……)

 玉ねぎ、ニンジン、じゃがいも、肉という材料が揃ったら、大抵はカレーかシチューになってしまうのが前世の片山家。
 ちなみに片山というのは、俺の前世での苗字。

(まあ、魔法がどうにでもしてくれるだろ……)

 気持ちだけは込めた。
 美味しい肉じゃがになってくれっていう気持ちだけは、しっかりと込めた。

「これ、白飯が何杯あっても足りねぇなぁ……」
「こんなに塩辛い食べ物が存在したんすね……」

 楽しい楽しい食事の時間の始まり。
 とは、もちろんならなかった……。

「あー……」
「新入り、そんなに落ち込むなよっ」

 また跡が残りそうなくらいの馬鹿力で背中を叩いてくる大男に向ける顔がない。
 これは俺への嫌がらせではなく、励ましという意味だったと解釈できた今だからこそ、顔を向けることができずにテーブルへと伏す。

「最後の最後に失敗してしまうなんて、なんとかさんらしいですね」
「俺の何がわかるんだよ!」
「ははっ、でも、わかるなぁ。アルトくんっぽいよ」

 俺は、最後の最後。
 味付けの過程で、魔法を大失敗してしまった。
 食材に味が付いただけ褒めてほしいと思うものの、その味が付いた野菜と肉たちが塩辛すぎて食事の時間がちっとも楽しいものにならない。