「ミネ」
「はい?」
「明かりって、どうやって灯すんだ?」

 ミネの表情を確認したいって気持ちが動いてしまった俺は、この世界での明かりの灯し方を確認する。

「面白いことを聞きますね。この電輝灯【でんきとう】という魔道具に、光魔法か炎魔法を投げ込む以外に手段はないと思いますが」

 囚人を閉じ込めておく場所と言わんばかりの重苦しさが漂う廊下の天井に、照明器具っぽいものが装飾されている。
 でも、誰も廊下を灯すことに力を使いたくないのか、魔道具と名の付く照明器具はお飾り同然に仕事をしていない。

「よしっ」

 照明器具に明かりを灯すっていうイメージを頭の中で繰り広げただけで、呪文もなしに照明器具は飾られるだけではない、本来の仕事を全うし始める。

「なんとかさんは、いとも簡単に魔法を使いこなしてしまうので感情が追いつかなくて大変です」

 薄暗くて治安の悪そうな廊下に、電輝灯と呼ばれる魔道具が柔らかな光を与え出す。
 ようやくミネの表情を確認できる明るさになって、ただ純粋に魔道具の光に魅入るミネの姿を自分の目で確認することができた。

(感動してくれてるってことだよな……)

 普段はほとんど表情を動かさないミネの口角が、ほんの少し上に向いているような気がして心がくすぐったさを覚える。

「俺……もうひとつの夢……見つけたかも」

 新しく始まった人生に待っていたものは絶望しかないと思い込んでいたけれど、新しく始まった人生はそこまで悪いものではなかった。

「俺、魔法学園に通ってみたい」

 むしろ、俺の人生を支えてくれるんじゃないかって人たちとの出会いに深く心が動かされているのを感じる。

「ちゃんと勉強して、美味い料理を提供できるようになりたい」

 ついさっきまで、俺はミネが生きてきた世界に存在しなかった。
 さっきまで存在しなかった人間だから、知らなかった世界のことを知りたい。
 新しい世界のことを知って、前世で経験できなかった青春ってものを経験してみたいって思う。 

「ちゃんと勉強しなくても、こんなにも世界を明るくすることができているじゃないですか」

 いつもは淡々と言葉を進めていくだけのミネだけど、この廊下が電輝灯の光で満たされている環境がよほど嬉しいらしい。
 滅多に拝むことができないような綺麗な笑みを浮かべたミネに見惚れそうになったけど、咳払いをして声の調子を整える。

「最後の最後に失敗するなんて、かっこ悪いからさ」

 頭上にある電輝灯のみに光魔法を投下したけど、次は隣の電輝灯に光魔法を。その次は、隣の隣の電輝灯に光を灯していく。

「おっ、今日は廊下がめちゃくちゃ明るいな」
「眩しいくらいっすね」

 廊下を照らすための電輝灯すべてに光魔法の力が注がれて、あちらこちらから感嘆の声が上がっているのを耳にする。

「調理番の二人も、さっさと寝ろよー」
「ミネは、ちゃんと鍵かけろー」
「お気遣い、ありがとうございます」

 久しぶりに明かりが存在する廊下に感動してくれた凶悪そうな男たちが、俺たちの横を通り過ぎていく。
 外見だけは優しさと縁遠いっていうのに、彼らは優しすぎる言葉を俺たちに投げかけながら部屋に戻っていく。
 人は見た目で判断してはいけないって言葉の意味を、新しく授かった命を通して学ぶことになるなんて思ってもいなかった。