パレットにのっている複数の色。
 筆に水を含ませて色を薄めたり、混ぜたり、そしてスケッチブックへと塗り拡げる。見たことがあるような無いような色が多い。
 ここからだと少ししか見えないけど、薄っすらと淡く綺麗で優しい感じのする水彩画がそこにあった。
 色を知らないスケッチブックの真っ白なページに絵の具で少しずつ色づける。
「あっ、あの」
 気がついたときには、彼に声を掛けていた。
 絵を描くことに集中していたのに私が声を掛けたことで現実に戻されたような顔をして上げる。
 まだ、私がいることに驚いた顔をしていた。
 そして戸惑う。
 視線が自然と絡み合った。

 なにを言えばいいのか内心焦りながら必死に言葉を紡ぎ出そうとする。
 こんなときに口下手な自分が嫌だ。

 どうしようかと考えていると、私が思っていることを素直に伝えていいのか悪いのか迷う。

 でもなんとか声にして伝えようと勇気を出した。
「えっと、その......今描いているその絵を、少しずつ完成していくところを見てもいいですか?」

 急に知らない人からそう提案されて不快に思うかもしれない。
 でも、いま言わなかったらきっと後悔してしまうかもしれないから。
 あの絵を見たい、どうしても見たい、そう思ってしまったのだ。

 私がとても必死にしていたのを感じたのかにこりと笑いながら「いいですよ」と頷いた。
「全然下手でたいしたものじゃないけどよかったら見ていって」
 そしてまた、スケッチブックに顔を向けて続きを描き始める。
 彼が座っているベンチの方へ近づいてスケッチブックを覗き込んだ。

 するとそこには、“ひかり公園”が描かれていた。
 周りにたくさん生える草や木、たんぽぽ、子供たちが遊んでいる遊具、広く澄んだ空。
 穏やかに流れる日常を切り取ったような素敵な絵。
 なんて綺麗なのだろう。
「すごい......綺麗」
 無意識に言葉がこぼれ落ちた。
 細かく丁寧に描かれている。
 まだ途中の作品でもそう感じてしまった。
 幼い頃に戻ってしまったかのように素直に思ったことを声に出していたことに気がついて、慌てて手で口を塞ぐ。
 すぐに現実に戻ってしまったような気分になって少しずつ冷静さを取り戻した。

 彼は「ありがとう」と顔をほころばせながらそう告げる。
 その言葉や表情を見て、なんだかとても恥ずかしくて彼が描いている絵の方に視界を少しずらして目を逸らした。
 誰かが何かを描いているところやその絵を近くで見るのことは本当に懐かしい。