そうして、人と関わるのを避けていたある日のこと。その日の朝のホームルームは、いつもと少しだけ違った。


「他県から転校してきました。星谷(ほしや)(はやて)です。これからよろしくお願いします」


 そう言って、教卓の前に立って軽く頭を下げた少年ー(はやて)の髪の毛は、混じりっけない銀髪だった。ストレートのその髪は、さらりと流れて太陽の光を反射する。


(綺麗……)


 ただ純粋に、そう思った。顔を上げた颯は、切れ長の瞳で教室内を見渡す。その最中、バチっと、目が合った。


「……っ!」


 黒目のはずなのに、不思議と彼の瞳は澄んだ青のように見えてしまった。まるで、私の奥深く、全てを見定めようとしているように。たった数秒のことなのに、何故か長く思えて、気まずさと恐怖から慌てて目を逸らした。


(少しだけ、怖いかも……)


 けれども、あまりにも珍しい銀髪の少年に、クラスメートは言うまでもなく興味を惹かれていた。ホームルームが終わって颯が席に着いた瞬間、彼はあっという間にクラスメートに囲まれる。


「星谷くんってどこから来たの?」

「てか、お前その髪どうしたんだよ!?染めてんのか?」

「でも綺麗だよねー」


 クラスメートは彼の髪色に興味津々だった。それも、良い意味で。私への対応は素っ気ないくせに、颯にはこんなにも嬉々として声をかける彼らに、私は少しだけ、苛立ちを感じた。転校生だから、というのもあるだろうけど。


 次から次へと飛んでくる質問に、しかし颯は無表情で淡々と返していく。


「どうしてこの学校(うち)に来たの?」


「家から近いから」


「前の学校ってどんなところ」


「別に普通。ここより少し田舎」


 特に、髪の毛への質問が来ると、より一層颯の態度は冷たかった。


「ねぇ、髪の毛綺麗だよね?染めてる」


「まぁ」


「お前、目立ちすぎだろ。怒られるぞー」


「そっか」


「……」


 大勢に囲まれるのが苦手なのだろうか。殆ど表情を変えない颯から、クラスメートのみんなは次第に離れて行った。


「なんか、ちょっとこわいね」


「それな。やっぱ見た目もあんなんだから中身もなってないんじゃない?」


「髪染めてるとかイキッてるわ。俺、無理かも」


 そんな陰口が、あちこちから聞こえてくる。時間にして僅か数分で、颯はみんなの興味の的からあっさり外れた。さっきまで彼を囲んでいたのが嘘のようだ。


(……もったいない)


 
 少しだけ顔を右に向け、颯の様子を眺める。ほぼ表情の変わらない彼は、ただスマホをいじっていた。まるで、他人となんて関わりたくないと言わんばかりの態度だった。


 折角、クラスメートに声を掛けてもらっていたのに。折角、みんなの好奇心をくすぐっていたのに。彼は自ら、クラスに溶け込む機会を葬った。
 

(本当に勿体無いな……)


 ふっと、私は窓の外へ視線を移す。そんなことを思ってしまうのは、颯に羨ましさを抱いてしまったからだろう。多分。


 嫉妬心のせいか、呆れのせいか、私は颯の方を見る気にはならなかった。故に、気づかなかった。ついさっきまで顔をむいていた方向から、視線が刺さっていることに。


    
            *



 お昼はまた、階段の途中に座っていた。いつもと変わり映えしない光景、変わり映えしない暗さ、変わり映えしない匂い。


 パクリ、と昼食のおかずを口に運ぶ。味も、舌に慣れ親しんだもの。


(颯、やっぱ孤立してたな……)


 授業や休み時間の記憶が蘇り、そんなことを思う。やはり今朝の態度が良くなかったのだろう。クラスメートの興味はとうに失せ、それどころかクラス内で浮いた存在となっていた。


 
(そりゃ、あんな無表情で会話してもなんの面白みもないよね)


 他人事だが、颯は無愛想が過ぎるのではないか。仮に他人とのコミュニケーションが苦手でも、流石に冷たい態度を取るのは無いだろう。


「あれは、やっぱやり過ぎだよ」

「何がやり過ぎだって?」

「……っ!?」


 危うく弁当箱を落としそうになった。斜めになって今にも具材が溢れそうなところを、慌てて右手で抑える。まさか、独り言に返事が来るなんて一切予想していなかったから。それも、たった今、頭に浮かべていた人物の。


 バッと顔を上げると、階段下で不思議そうに私を見つめる颯がいた。


「いつからいたの!?」

「いつからって……たった今来たばかりだけど」


 表情一つ変えないまま、颯は淡々と答えた。なんの音も聞こえず、本当に来たのが分からなかった。私はキッと彼を睨む。


「声ぐらい掛けてよ!」

「だから掛けたじゃん」

「そうじゃなくて!」

「どうせ何言っても驚くだろ?」

「うっ、それは……」


 そうかもしれない、と思ってしまい、言い返せなくなる。図星で黙り込んだ私に、颯は「それで」と切り出した。


「あんた、なんでここにいんの?」

「別に何でも良いでしょ。てか、『あんた』って呼ばないでくれる?」

「じゃあ何。名前?苗字?」

「それは……別にどうでも」

「だったらあんたで良いじゃん」

「あーもう!!紗夜!山本紗夜!」

「山本紗夜、か。じゃあ紗夜って呼ぶ。良い?」

「好きにすれば」

「じゃあ、紗夜」


 颯は何の躊躇いもなく名前呼びした。初対面でも慣れているのかもしれない。モテ男は良いな。
 

「なんでこんな所で飯食ってんの?」

「あんたに関係なくない?て言うか、どうして私がここにいるって分かったの?」

「俺も『あんた』じゃなくて颯って名前があるんだけど」

「はいはい、颯」

「紗夜の後を着いてっ行ったらここだった。それだけ」

「はっ!?何それストーカー?」


 とんでもない返答に驚くが、よくよく考えれば、そうでもしなければ私の居場所はバレないだろう。


(つまり、教室を急足で出て行くところから見られていたと言うわけか)


 最早恐ろしいほどの執着心だ。


「それで、そこまでしてなんでここに来たの?」

「紗夜と話がしたかったから」

「はぁ?」


 会って間もない、そもそも会話すら交わしたことのない人間に、話とは何だろう。訝しげに颯を見つめる中、彼は何食わぬ顔で私の隣に座る。


「お前さ、俺のこと見て何とも思わなかったの?」

「特に何も。そもそも何を思うの?」

「これだよ」


 そう言って颯は自身の頭髪を指差した。なるほど、とその瞬間に納得する。これはあくまで私の考えだが、珍しい髪色に私が興味を示さなかったことについて尋ねたいのだろう。


 大方、予想は合っていた。


「紗夜はさ、俺を見ても何の興味も持たなかっただろ?」

「なんでそう思うの?」

「他のクラスメートみたいに、すぐに話しかけることもなかったし、かと言って俺のことは多分よく見ただろうから、視界に入らなかったこともない。もちろん怖がったように見えなかった。だから、お前の中で俺は、ただの転校生って認識だった。そうじゃないか?」

「……」


 凄い洞察力だ、と誉めずにはいられなかった。


「そうだね。でも、全く興味が無かったわけじゃないよ」

「……?」


 どういうことか、と言いたげな表情で見つめてくる颯に、私は本心を吐露した。


「もちろん、颯の髪色に興味はさほど湧かなかった。私が気になったのは、君のその態度」

「態度?」

「そう」


 収まってきていたはずの怒りが、胸の奥でまた沸々と沸き始めようとしていたことに気づき、お茶を一口飲んで息を吐く。時間にして僅か数秒。落ち着いた私は口を開いた。


「折角クラスメートのみんなが君に興味を持ってくれたのに、あの態度は冷たすぎるんじゃない?」

「俺じゃなくて、この髪に興味持っただけだろ」

「あの一瞬はそうだとしても、仲を深めていくうちに友達になれたかもしれないじゃん」

「別にそういうの要らないし。てか、髪色が珍しいだけで近寄ってくる奴とか、マジで嫌いだから」


 本心から言った顔だった。怖いほどの剣幕に、「ふーん」と相槌を打つしかなくなる。


「紗夜は欲しいの?ちょっと珍しいものを持ってるだけで近寄ってくる友達が」

「うーん……」


 颯の言葉選びの悪さもあると思うが、そんなことを言われてしまうと、欲しいと思う気持ちとは裏腹に、そんな友達はいらないと思う自分が出てくる。


「そう言われれば……別に要らない、かな……」

「だろ?」


 颯のドヤ顔も、不思議と納得する。似たような状況なのに、人が集まる颯と、人が避ける私。それを比べて、今朝はあんなことを思ったが、冷静さを欠いていたかもしれない。本当に欲しいのは、ありのままの私を受け入れてくれる人だから。


「そんなに友達が欲しいの?」

「それは、まぁ……そうだね」


 正確に言うと、私の理解者かもしれないけれど。きっとそんな人は、そうそうに現れないんだろうな。そんな、悲しい現実を想像していた私に、颯は言った。


「じゃあ俺と友達になってよ」

「えっ。だって、友達は要らないんじゃ……?」

「見た目の珍しさで寄ってくる友達が要らないって言っただけ。むしろ、俺は紗夜のこと、もっと知りたいし」


 曇り無き瞳に見つめられ、少しだけ胸が高鳴ったのは事実だ。


「うん、まぁ、私も颯とだった仲良くなれそうな気はするし」

「じゃあ決まりだ」


 颯はニコッと、少しだけ口元を緩めて、柔らかな笑顔で手を差し出した。


「これからよろしく、紗夜さん」