授業終了のチャイムが鳴る。同時に、クラスメートは弁当や財布を出し始める。もう昼休みの時間だからだ。私は弁当と水筒、そしてスマホを手に、教室をコソコソと出ていく。
そして、まばらに人がいる廊下を早歩きで通り過ぎて、屋上につながる階段に座った。薄暗いそこは空気がどことなく冷えていて、段差に触れる肌の温度が下がる。本当は屋上に出れれば良かったのだけれど、鍵が空いていないから仕方ない。
パカリ、と蓋を開けると、大きな唐揚げと卵焼き、ベーコンと野菜炒めが姿を表す。ほとんど私の好物だった。それを、箸でつまんでパクリと口に入れる。それから、静かに咀嚼して飲み込む。誰かと喋りながらだった、きっとこんな風には味わえないだろうと、そんなことを思った。
私には一緒に弁当を食べるような人がいない。と言うより、作りたくなかった。それが見かけ上の友達か、心の底から私を信用してくれる友達になるかなんて、分からないから。
こんな行動をとらなければいけなくなったのは、多分、小学生の頃だったはず。
*
「さよちゃんの髪、変な色だよねー」
そんなことを言われて、今までにないほど驚いたことは言うまでもない。「変」という言葉に過剰に反応した私は、反射的に振り返った。そんなことを発したのは、1週間前に転入してきたクラスメートだった。名前は笠原朱里。その姿は、記憶にしっかりと刻み込まれている。
「変ってどういうこと」
私は彼女をキッと睨んだ。けれども朱里は怯むどころか馬鹿にしたように私を見下ろす。
「そのまんまじゃん。みんな黒いのに、さよちゃんだけ茶色。おっかしい」
そう言って朱里は笑った。彼女を取り巻いていた女子もつられて笑った。今まで、私の髪色を変だなんて言ったこともなかったのに。
私は訳が分からなくて、ただみんなを見つめていた。何も言い返してこない私に対して、朱里が勝ち誇ったような笑みを浮かべたことだけは、鮮明に覚えている。
その日の放課後、私は急いで家に帰ってお母さんに抱きついた。
「ねぇお母さん。私の髪、変?変な色なの?」
唐突にそんなことを言い出す娘に驚いたのだろう。お母さんは目を丸くしたが、すぐににっこりと笑って私を抱きしめた。
「そんなことないよ。紗夜の髪はとっても綺麗だよ」
「本当?」
「うん。何か言われたの?」
お母さんは心配した眼差しでそう尋ねてくれたけど、困らせたくない私は「ううん!」と笑顔で首を横に振った。
「そんなことない!ただ、ちょっと心配になっちゃっただけ」
「そっか」
お母さんは優しく私の頭を撫でる。
「紗夜は素敵だよ。それは髪の毛も、もちろん、紗夜自身も」
お母さんの言葉は、私の胸にじんわりと染み込んで、優しい温もりを与えてくれた。大丈夫、私は変じゃない。その時は、そう思えた。でも、現実は甘くなかった。
「やーい。変な髪のやつ」
朱里が私の髪を変だと言った日から、みんな私の髪色を揶揄うようになっていた。それは、今までずっと仲良しだった子達すらも。
「さよちゃんはみんなと違うからこっちに来ないで」
そんなことを、朱里は笑いながら言った。グループワークの時間だった。
「さよちゃんと一緒だと、仲間外れにされるから」
仲良しで、よく一緒に行動していた親友に言われた。給食の時間のことだった。
「お前変なんだからあっち行けよ」
その当時、少しだけ気になっていた男子の口から出た。体育の授業の最中だった。
みんな、次第に私を遠ざけ、私から離れていく。ずっと友達だと、仲がいいと思っていた人たちが、転入生のたった一言によって、あっさりと私を差別する。そんな、儚い友情だったことに、私は大きなショックを受けた。
同時に、私の髪色はおかしいんだ、と。私はみんなと違うんだ、と。たったそれだけのことで、除け者にされることを初めて知った。
だからもう、誰も信じられなくなった。
そして、そんな自分を嫌いになった。
*
「ごちそうさま」
空になった弁当箱を前に手を合わせて、巾着の中に仕舞い込む。それから、ふぅと息をついて膝を抱えた。
「こんな私が、もう高校2年生になったよ……」
時の流れは早すぎる。けれどそれは、過去を振り返れば早いと感じるだけで、今という時間を感じていたその当時ならば、時の流れは遅いと感じていただろう。
幸いにも、いじめは小学校だけだった。中学に上がれば、みんな考えも精神も大人になるし、他の小学校から来る生徒も多いため初対面の人が半分を占める。
偶然か奇跡か、私がいじめに遭うきっかけを作った朱里は、中学高に上がると同時に引っ越して、それ以降顔を合わせることは無くなった。
心機一転、楽しい学校生活が待っていると思った。実際、最初はそうだった。けれども、中学生になって数ヶ月経つと、だんだん、みんなから私への対応が変わっていった。激しい拒絶ではない。ただ、ふと視線を感じて顔を上げると陰口を言われていたり、弁当を一緒に食べたいと言うと少し困った表情をされる。
何より、私が近づくと、大抵の人は髪の毛に視線がいくのだ。小学校の頃の話が噂として流れているのか、単に私の髪色が珍しいからなのか、詳細は分からない。
はっきりと感じたのは、やはり、みんな私を異質なものとして見ているということ。
そんなことを知ってしまってから、他人に深く干渉するのは辞めた。また小学校の時と同じように悪口を吐かれたら嫌だし、何より、信じていた絆が崩壊していくところを目の当たりにするのが怖かった。
友情が、信頼が、壊れていくのを見るのはもうたくさん。だったら、もういっそ1人の方がマシだ。
だから私は、友達を作るのを辞めた。