「ご挨拶が遅れましたね。私の名前は御蔭(みかげ)です。あなたは?」
 同じ目線の高さで初めて御蔭に見つめられたとき、幼い葵の胸は戸惑いに揺れた。
 左目を白布で覆っていても、御蔭は子どもの葵にもわかるほど整った顔立ちをしていた。
 葵がじっと見ていると、御蔭が、「ああ……」とつぶやいて左目の眼帯に触れる。
「これが気になりますか?」
 葵がこくりと頷くと、御蔭がわずかに眉を下げる。
「片方の目が悪いので、これをはずすことができないのです」
 御蔭の言葉に頷きながら、葵は少し勿体無いなと思った。見えている部分だけでも充分に美しい御蔭の素顔は、もっと美しいだろうから。
「わたしの名は葵といいます。この神社のひとつ目の龍神様の花嫁です」
「葵ですか。良い名ですね」
 少し緊張の解けた葵が名乗ると、御蔭がふっと笑う。その笑みは美しく、不思議な妖艶さがあって。幼い葵の胸を、また戸惑いに揺らすのだった。

 初めて御蔭と言葉を交わした夜、葵はキヨとマキノに彼のことを話した。
 だが、世話係のふたりはとぼけた顔で、「そのような人、この神社の敷地内にいらっしゃいましたでしょうか」と言う。
 次に御蔭に会ったとき、葵がそのことを話すと、
「そうでしょうね。私は、ここの人には見えていないようですから」
 御蔭は少し淋しそうな顔でそう言った。
「もしかして、その目が、ほかと違うせい?」
 白布で覆った左目を気にする葵に、御蔭は肯定も否定もしなかった。
 その頃の葵は、世の中では、少し人と違う容姿しているだけで、冷たくあたられたり、見えないもののように扱われる場合があることを知っていた。
 御空色の瞳で生まれ、龍神様の花嫁として美雲神社に閉じ込められた自分や母がそうだ。冷たくあしらわれて、虐げられている側。
 そして御蔭は、きっと自分と同じ側の人間。葵は、御蔭のことをそういうふうに理解したのだった。