葵がキヨと共にしばらく足を止めていると、男が横に流した前髪の向こうで御空色の瞳をふっと細めた。
「おや、めずらしい。あなたには私が見えるのですね」
男がのんびりとした声で話しかけてくる。
何のことだかわからず葵が困っていると、キヨがぐいっと葵の手を引いた。
「さあ、葵様、そろそろ行きましょう。池の鯉なら、またいつでも見れますよ」
キヨがそう言って歩き出す。キヨに引かれた葵は、男からふいっと顔をそらした。
そのあとも、白銀の髪の男は散歩の度に池のそばにいた。
太鼓橋の欄干にもたれていたり、池のそばでしゃがんでいたり。いつ見ても、のんびりと池を眺めながら鯉に餌をやっている。
けれど、葵が初めに男の言葉を無視して以来、彼が葵に話しかけてくることはなかった。
葵は男のことが少し気になっていたが、キヨといるときに彼に話しかけることもできない。
それから月日が経ち、六つになった頃。葵は神社の庭の中をひとりで散歩することを許された。
ひとりで散歩に出た葵が池へと向かうと、太鼓橋の袂で、白銀の髪の着流しの男が、初めて会ったときと同じようにしゃがんで鯉に餌をやっていた。
少し離れたところから葵がじっと見ていると、男が袖に手を入れて、掴んだものを差し出してきた。
「あなたもやりますか?」
流した前髪の向こうから、澄んだ青の瞳が葵をやさしく見つめる。
咄嗟に頭を左右に振ると、男が「そうですか」と、掴んでいたものを池に投げた。
池の鯉たちが投げられた餌に一斉に群がるのを、葵がやはり少し不気味に思いながら見ていると、
「今日はおひとりですか?」
男が訊ねてきた。
龍神様の花嫁として美雲神社にやって来てから、葵はキヨとマキノ以外の人間と話すことがほとんどない。
「……む、六つになったので」
よく知らない男と話すのに緊張して、言葉が少しつっかえる。
「なるほど、もう六つになられましたか」
ゆるりと口角をあげた男が、なぜか感慨深げに頷く。
葵が不思議そうに瞬きすると、男が一度腰を上げて、葵の前で膝をついた。