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 葵が御蔭と出会ったのは、三つで龍神様に嫁いできたばかりの頃だった。
 龍神様の花嫁になるために生まれてきた葵は、竜堂家で厳しく躾けられ、三つになる頃には、大人の言うことをよく聞く物分かりの良い子になっていた。
 三つを過ぎて母から引き離され、美雲神社の奥にある民家に連れてこられた葵は、自分に特別なお勤めがあるのだということを子どもながらに理解していた。
 それでも、夜にひとりで寝床に入ると心細くなり、母が恋しくて涙がこぼれ、眠れなくなってしまう。
 明け方まで泣いて眠れない葵を見かねたキヨは、一日中民家の中で過ごしていた葵を昼間に神社の庭へと連れ出すようになった。
 昼間にたくさん歩いてお日さまを浴びれば、夜もよく眠れるだろう、と。キヨは考えたようだった。
 葵がキヨと手を繋いで散歩に出かけると、白銀の髪の着流しの男が庭の池の太鼓橋の袂にしゃがんでいた。
 何をしているのかと葵が見ると、男が袖からなにかを掴み取って池へと投げた。その途端、池の水がバシャバシャと泡立つ。
 目を凝らして見ると、集まってきた池の鯉達が口をぱくぱくと動かしていた。
 男は、池の鯉に餌をやっていたのだ。
 葵が大量の鯉が池の水面から顔を出して口を動かす様を少し不気味に思っていると、白銀の男が肩越しに振り返る。その瞬間、葵は大きく目を見開いた。
 男の右目は澄んだ空のように青くて美しいのに、左目は白布で覆うように隠されていたからだ。
 まだ三つの葵は、そのような人を見るのが初めてで。つい、じっと見入ってしまう。
 葵が足を止めると、キヨが不思議そうな顔で池のほうを見た。それから、葵の視線の先に気づいて「ああ……」と気怠げに息を吐く。