「それはできません」
「何故ですっ! 貴女が話したことではありませんか、上首は月隠を取り潰すつもりだと! 今行けば、貴女がどうなるかも分からないのですよ!」
「だからこそです」
日和の声はどこまでも静かに、深々と続いた。まるで、自らの一身を定めているように。
「わたしは行かねばなりません。わたしが行かなければ、皆に害が及びます」
「しかし、貴女に何かあれば、月隠はそれこそ終わってしまいます。誰よりも、貴女がそれを分かっているでしょう?」
「…………」
無言の瞳。そのことで弥音は先ほどの予感が間違っていないことに気付き、心に冷たいものが走る。
「まさか……取り潰される覚悟で貴女は行くというのですか」
「……わたしに力があれば、もう少し早く何かの手を打てていたかもしれません。それは、わたしの罪です。皆には、本当に申し訳ないと思っています」
「なりません。日和さん、貴女一人が責を感じることはないのです」
「わたしは月隠の当主です。それが、当主としての務めです」
「それは違います」
弥音はなお否定した。庇っているわけではない。誰もが……日和のことを知っている誰もが、日和一人のせいだとは微塵も思っていなかった。だからこそ、言い聞かせるように言葉を次いだ。
「何一つ、貴女が責任を感じることはありません。上首のあれだけの仕打ち、誰にも止めることはできなかったでしょう。全ては上首の…………いえ」
上首のせい――だとは軽くいえず、弥音は瞳を落とした。
「我らにも力がなかったばかりに……」
弥音は瞳を落とし、悔しさの中で声をしぼりだした。改めて、自らの、我が家の無力さを知る。月隠がこんな状態になるまで、何一つ助けることができなかったのだ。そして、なお今も――
「そんなことを仰らないでください」
日和は弥音は近づくと、膝の上で震える拳にソッと手を添えた。