先々代の上首である大小母様は、妖を憎み嫌うことはなかった。
 だからこそ、日和の祖母と気が合い、その縁で月隠家に席が与えられたのだが……あらゆる意味で特異だった大小母様は強固な妖討伐派から当然反発を受け、そうして、上首を早々に退くこととなってしまった。
 その次に上首となったのが、妖討伐の筆頭である現上首の父親だったのだ。大小母様存命の時は極端な妖嫌悪の思想は生まれなかったが、大小母様がお亡くなりになった途端、妖嫌悪の思想は広まり、瞬く間に月代家を染めていった。

 そして――今の月隠の現状がある。

「上首は恐れています。貴女が……月隠が妖を養い、月代家へと反旗するのではないかと考えているのです。そして、それをしない理由がないことを、上首自身がよく分かっています……おかしな話ですが」

 弥音は俯き、膝に軽く添えていた両手をギュッと握った。おかしな話なのだ。反旗を翻させるようなことを散々しておきながら何を今更……

「……むしろ、誰もがそう考えるように仕向けたのかもしれません」

 日和の静かな言葉に、弥音ははっと顔を上げた。

「上首の望みは、我が家の席を外す……いえ、取り潰すことでしょうから」
「では、今までのことは全て……反旗を翻らせると誰もが思えば大義名分ができる、そのために」

 日和はその言葉には同意も否定もしなかった。事の初めから上首がここまでのことを考えていたかどうかは分からない。だが、結果としてはそうなり、上首も今はそう考えていることに間違いはなかった。
 しかし、そうであれば――

(上首が本家に来るようにと命じたこと、ただ、日和さんの真意を確めるだけでは済まないかもしれない)

 何を話し、何を命じるか――具体的なことは分からない。が、いくらでも想像はでき、その全てが日和が害することであろうことは確実だった。

「日和さん、しばらくここから離れ身を隠しなさい」

 弥音は自然と口を開き、そう伝えていた。自分の考えが甘かったことを知る。日和がいくら釈明したとて、上首は何も聞き入れないだろう。身の危険さえもある。