「口が悪くてごめんなさい。あれだけ意味嫌い、近づけることも、名を出すことさえも嫌っていた上首が、今頃になって一体何の変心かと……三月前、貴女が病に臥せた事を幸いとまで喜んでいた上首が、です」

 ……ここで弥音は一拍の間を空けた。次の言葉は上首だけではなく、月代家全体に影響が出る言葉になる。
 日和の瞳を見た。が、日和に変化はない。恐れも惑いもなかった。どこまでも瞳は澄み、凛とした光に些かの揺らぎもない。弥音は、スッと息を吸い、内に力を込めると静かに口を開いた。

「上首は、いえ、月隠家を除いた十家……残念ながら当家の中にも……月隠が妖をかくまっているのではないかと疑っています。元より、月隠家の役目は捕らえた妖の牢番。それが、捕らえているのではなく、かくまい養っているのではないかと」

 弥音は、おそらく十家の中では誰よりも日和のことを知っていた。だからこそ、この『疑い』のことは、「むしろ、日和であれば」と感じていた。
 優しい日和であれば、妖を罪人のように扱うことはできないだろう。そう、むしろ……日和であれば友達になってしまいかねなかった。だから、疑いに反するというよりも納得さえしていた。
 だが、それは月代家ではしてはならない禁忌であった。月代家の役割が妖退治、妖は敵……という話だけではない。

「上首の妖を憎むことがどれほどか……日和さん、貴女がよく知る通りです」

 上首の妖に対する憎悪は潔癖ともいえるものだった。恐怖を持っているといってもいい。月代家の上首としては正しい感情とも言えるかもしれないが、代々の月代家上首に比べてその憎しみは病ともとれるほどの狂があった。
 なにか訳あってのことかは分からない。だが、おそらくは育てられた環境によるものだろう。