金を使いすぎたのだ。
 反省をした僕は、以前と同様に友人たちからの誘いをある程度断るようになった。誘いに乗ったとしても、金銭をあまり使いすぎないようセーブした。
 月に一度か二度、明け方になった頃家へ帰り着くこともあった。そんな生活をしばらく続けていると、ある日曜日の出勤の際店長に声をかけられた。 
「徳田君。君、最近はよく友達と遊び呆けているそうじゃないか。せっかく大学受験のために時間を作りたいのだというから、渋々シフトの件を受け入れたのに、裏切られた気分だよ。それとも、朝までカラオケで勉強会でもしていたのかね。今までサボった分は、しっかり働いてもらうよ。嘘をついたんだから、嫌だとは言わせないからね」
 店長は、笑いながら怒っていた。僕はすっかり萎縮して、頷くほかはなかった。
 バックヤードで店長とのやり取りが終わって店内に入ると、例の野球部員が口角をほんのわずかに上げて僕に笑いかけた。
 すぐに彼が、店長に報告したのだと悟った。野球部員は、どこかで僕が受験のためだと嘘をついて出勤を減らしたという話を耳にしていた。そして偶然、町で僕が友人たちと楽しそうに出かけている所を目撃し、次の出勤の時にでも店長へ報告をしたのだ。
 この件に関して、彼も店長も一つとして悪事を働いたわけではない。野球部員がわざわざ僕のストーカーとなって後をつけ回したりするはずがないし、店長は理由がどうあれ僕に騙された立場にある。仕事が面倒になって、サボるための口実に受験という言葉を持ってきたと捉えるのはごく当たり前のことだ。
 ちゃんと理由を話せば或いは、とも考えたが、僕は結局ただ謝って以前の通り仕事をする選択をした。
 僕だってそれなりに店長から信頼は得ているだろうが、流石に今回の話は分が悪い。白髪混じりの小柄な熊が、野球部員の方に傾いていくのは目に見えている。
 思った通りにことが運ばない場合、さらなる説教が否応なく僕の耳に飛び込んでくるはずだ。僕の体内に入り込んだ罵詈雑言はしばらくの間体内に棲みつき、ことあるごとに僕へ悪影響を及ぼすだろう。
 たとえほんのわずかな言葉の切れ端であっても、思い出すだけで傷が開く。傷の開くタイミングは、こちらから指示はできない。何かに没頭している時、誰かと他愛無い話をして盛り上がっている時などに、ふとした瞬間に訪れる。その度に僕は、見えない傷を庇いながら顔をしかめるだろう。そして、そばにいる人へはなんでも無いのだと強がって見せるのだ。
 そうならないためには忘却だけが唯一の手段なのだが、悪意を持った言霊は、簡単には体外へと排出はされない。人が一旦風邪を引くと、最低でもその日一日は寝て過ごすのと同じように。