店長は握った僕の右手を上下に力強く揺さぶりながら「頼むよ、徳田くん」などと言って微笑んだ。僕も店長に倣って、精一杯の笑顔を浮かべてみた。
 店長との握手を終えた後、業務に入る前に一度トイレへ移動して手を洗った。
 

 それから三月に高校卒業を迎えた僕は、友人たちと卒業旅行と称した二泊三日の北海道旅行を楽しみ(この時ばかりは店長も希望休を認めた)、四月に入って専門学校への入学式に参加した。これらすべての出来事は一瞬のうちに過ぎ去っていった。夢の中で起こった出来事なのではないかとすら思った。
 しかし、全て紛れも無い現実での出来事だ。僕がしっかりとこの身で体験してきた事柄だ。今自分がいるのは夢の中だ、とどれだけ訴えたところで、同じことが繰り返されるなどあり得ないし、夢から覚めることもない。覚めるべき夢など、どこにも存在しないのだ。
 僕はどこか夢現な気持ちで初めての授業を受け、そこで新たな級友たちに出会い、夕方ごろに帰宅して準備を済ませ、夜中の二一時に間に合うよう家を出て、いつものコンビニへ向かった。
 昨日までの僕といえば、二一時頃に店を出ていた。しかし今日からは違う。二一時に仕事を始めるのだ。
 良く知っている場所だけに、目新しさなど感じなかった。いつもより客の数が少ないという意外に、気が付くべき変更点も見当たらない。強いていうならば、深夜には深夜の働き方があるということくらいだろう。それすらも、先輩たちに話を聞いていけば慣れてしまうものだ。夕方の時から大きく変わることもないはずだが。
 自転車を駐車場の隅に停め、更衣室で着替えを済ませてから壁に貼られたシフト表を確認した。深夜に働いているのは、僕と同じかそれ以上の年齢の大人たちだ。彼ら、彼女らとは交代の時間に何度か顔を合わせている。初対面で緊張するというのは、まずあり得ない。
 僕がシフト表に指を当て、横にスライドさせながら相方を探し出していると、背後から声をかけられた。
「徳田くん。おはよう」
 店長の声だった。僕は作業を一度中断し、できるだけ明るい笑顔を作って店長に見せた。
「おはようございます、店長」
「いやあ、今日から徳田くんが深夜勤か。なんだか、ちょっと大人な感じになったんじゃないか?」
「そんなことないですよ。まだ専門学校も初日なんですから。それより、今日僕と一緒になるのは誰なんでしょうか?」
 店長はこの店舗のシフトを管理している。自分で探さなくとも、彼に訊いて仕舞えばすぐにわかる。