「俺は保育園時代の記憶を置いていって更には忘れかける側だった。槭は忘れず過度だと自分で認識するほど想っていた」
「うん」
「それなら俺が迎えに行くよ」
「……どういうこと?」

重ねられていた手が握られる。

「今ここにいる槭はあの頃の俺たちと一緒に、自分自身も白い部屋に閉じ込めてる気がする……なら、俺が白い部屋の壁を壊しに行く。槭の腕引っ張って俺たちの場所まで連れていくよ。それで、俺たちに寄りかかっていいから一緒に歩いていこう。一緒なら未来への一歩も怖くないだろ?もし、あの日々を思い出したくなったら、俺も一緒に戻るよ。他の誰かとでもいいんだ。懐かしいなって言って名残惜しみながらまた今に帰って一歩踏み出せればいい」

更に強く握られた手は悩んでもがいた私を包み込んでくれるようだった。

「記憶は簡単に消えない。思い出はいつも槭の身近に置いてある。ふとした瞬間にあんなことあったなって思い出すみたいに。だから、槭は前にも進める。思い出のある場所に留まるんじゃなくて思い出を抱えながら歩くんだ」

完全に壊れる音がした。
今までの私の考え方やこうしなければと決めつけ、狭くなっていた視野を。

白い部屋にあったのは皆と私自身とあの頃の思い出。
扉のない部屋にしてしまったのは思い出は、出来事があった時間・場所にあるべきものだと思っていたから。
それに縋った私は想像の皆を巻き込んで閉じこもった。

思い出は記憶であり、頭にあるもの。
時間や場所に囚われるものではないのに。

大切に抱え、多すぎていくつか零しながらも、今歩いている自分を支える軌跡でもある。

「……陽が、迎えに来てくれるの?」
「うん。嫌だったら里緒奈にでも頼んでおこう」
「嫌じゃないっ。陽がいい」
「……それって期待していいやつ?」

不安気な顔を笑顔に変えられるのは今この瞬間、きっと私だけ。
それが物凄く嬉しい。

「槭……?」

差し出された陽の手を強く握り、彼にだけ送る嘘偽りないこの言葉を。

「好きだよ、陽」

いつか……忘れてしまうかもしれない。

歳を取ればそれだけ抱える記憶は増えていく。
誰にだって抱えられるもの量には限界はあるから仕方ないのかもしれない。

でも、今日という日があったということ。
思い悩んだ私が救われた"今日"という存在だけは絶対に忘れたくない。
一生抱えていたい。

できることなら陽と一緒に。
二人の思い出を作って、共に抱えていたい。

陽は勢いよく私を抱きしめて、満面の笑みを見せた。