香月は、ゆっくりと噛み砕くように呟いた。
そして、僕の手をゆっくり握り返してきた。
「愛情……。確かに、そう考えた方がずっと良いですね」
「うん」
「ありがとうございます。……愛しています、心の底から」
「僕もだよ。だから僕の前から消えるなんて、もう言わないで欲しい」
「はい……!」
その瞬間だった。
何一つ前触れなんてなく、香月の頭にあった白い鉢が、滑り落ちるように外れた。
咄嗟には状況が理解できなかった。啞然として、地面に落ちた鉢を目で追う。
しばらくしてようやく理解が追い付いて、僕はゆっくり目の前の彼女に視線を向ける。
「何……で……」
僕以上に動揺しているのは、当然香月本人で。
これまで決して見ることが叶わなかった、吸い込まれるような美しい瞳が、驚きで見開かれていた。
どきりと心臓が跳ねる。
あまりに綺麗だった。美しすぎて、例える対象が全く思い浮かばない。
「今まで絶対に外れなかったのに……」
香月はしゃがみ込んで、地面に落ちた鉢をまじまじと見つめる。
僕も同じように鉢を見て、その中にキラリと光る何かを見つける。
「これは?」
拾い上げてみると、それはどうやら髪飾りらしかった。銀製で、梨のようなものをモチーフにした繊細な柄が施されている。
それを見た香月がはっと息を飲む。
「これ、母のです。生前、ずっと大切そうに身に付けていたんですけど、いつの間にか無くなっていて……」
「鉢を被せたときに一緒に入れてたってこと?」
「恐らくは」
僕はその答えを聞いて、香月の美しい艶やかな髪をさらりと撫でる。そして、そっとその銀の髪飾りを付けた。
「よく似合う。きっと香月のお母さんは、いつか鉢が外れたとき、君にこの髪飾りを付けて欲しいと思ったんだよ」
言いながら、僕は彼女の額にそっとキスを落とす。
香月の白い頬は、みるみるうちに赤く染まっていった。
「嬉しいな。鉢が無ければ、ここまで君に近づけるんだ」
「は、恥ずかしいです……」
消え入りそうな声で言う香月は、それでも口元には柔らかな笑みを浮かべていた。
僕らは、しばらく二人で、時間を忘れて見つめ合っていた。
だがやがて、彼女は何かを決意したように強い光を目に宿す。
「翔様。私……」