「鉢かづき、本当に来るかしら?」

「さすがに来ないのではありませんか? 中条家のご兄弟の婚約者様と比べられるなんて、わたくしが鉢かづきなら耐えられませんもの」

「でも本当に来たら……ふふふ、想像しただけで笑ってしまいそう」


生徒たちは、なかなか現れない香月のことをそんな風に言いながら今か今かと待っている。

僕はぎゅっと拳を握りながら、悔しい気持ちを押し殺す。

香月、早く……。僕はホールの扉の方をじっと見て待った。


──そして、ようやくその扉が開いた。


「遅くなって申し訳ございません。今日はお招きありがとうございます」


香月の声だ。その場にいた全員の視線が、扉の方に向く。

本当に来た、という嘲笑で辺りが騒然となる。

……が、そのざわめきは程なくして違う種類のものに変わった。


「え……鉢かづき……?」


そこにいたのは、皆の知る、鉢を被った奇妙な女ではない。

控えめで上品なブラウンのワンピースに身を包んだ美少女。ハーフアップにした黒髪に、梨モチーフの銀の髪飾りが映えている。

制服のままでも良いと言ったのだが、大学生である兄の婚約者たちに合わせて着替えることにしたそうだ。思いのほか時間がかかってしまい、申し訳なさそうにしていた。


「香月! よかった、こっちにおいで」


僕が声を掛けると、香月は照れたような笑みを浮かべた。
ものすごく可愛い。他の男たちに見せるのが悔しいぐらいに。


「あ、あれが鉢かづきって本当に……?」

「あり得ない。でも声は確かに」

「美人すぎるだろ……というか、中条家の他の方の婚約者と比べてもずっと……」


皆が、我先に香月の顔を覗こうと僕らの周りに群がりだす。

香月は困った顔をしながらも、覚悟は決めてきたからと、うつむくことなく席についた。