「あの日の事、覚えていないんだよね?」

そんな雨音を掻き消す事は出来ない程の、小さな声色がユリシアの耳に届く。

「うん。覚えていない。なんだか、凄く、眩しかったなぁ~ってくらいかな?」

「そう。だよね。うん。僕も、同じくなんだ。正直、良く覚えていないんだ」

ユリシアは、触れ合った肩から伝わる熱に、身を委ねるようにして凭れる。

「あの日から、この雨は続いているんだよね? だったら、あの日に原因があって、その原因が、まさに魔女のかけた呪いだとしたら、それって、私が影響している可能性が、あるということでしょ? 」

ユリシアの全てを見透かした言葉に、返す声を発する事の出来ないロランは、少し震えた小さなユリシアの右手を、自らの左手で包んだ。

「ロラン……。覚えてる? いつか話した約束のこと


「約束? 虹の事? 」

そのロランの返答が正解であると、言葉で伝える事はしないユリシアは、代わりに強くロランの右手を握る。

「うん。 やっぱり、私は虹を見てみたいの。空にかかる、カラフルな大きなアーチを。そんな、夢みたいな奇跡を、私は見てみたいの。 だから、約束。ちゃんと守ってよね。 ロランが虹を見せてくれるって言ったんだからね」

「うん。分かってる。分かってるよ」

そんな口約束だけが、解れそうな糸を繋いでいると実感する事で、改めて運命を呪うように、降り続ける雨を睨むロラン。

「それでも、もし。もしだよ? どちらかが、もう会えない場所に行ったとして、それでも、ちゃんと生きようね。ううん。生きてね」

「ユリシア………」

そのユリシアの言葉は、まるで自分の運命を悟っているようで、ロランの心に強く突き刺さった。

「うん。そうだね。きっとそれは、遠い未来の話になるだろうけどね」

出来るだけ前向きに、ユリシアの不安を取り除くように、自分自身に植え付けるように、優しい声色を響かせた。

そうして二人は、意識が世界を別つまで、昔話に花を咲かせていた。