いつもと違う、半オクターブ高い花の声が虚しく響く。

「今ならまだ山田と元の友だち関係に戻れるかもしれない」

花の必死な想いが亜子の脳になだれ込む。

彼女は、自分の気持ちを無かったことにして、せめて「友達」という関係にすがりつこうとしている。

情けなさとフラれた悲しさのせいだろうか、鼻の奥が痛くなる。
花の動きをコントロールできるはずはないのに、亜子は歯をグッと食いしばろうとした。
気を抜いたら涙がこぼれる。
そういえば花はスゴいメイクだったな。つ
けまつ毛って涙に強かったっけ?
下まぶたにも引いたアイラインはウォータープルーフだっけ?
泣いたら、きっとひどい顔になる。そんなみっともない姿、好きな人に見せるわけにはいかない。

きっと花も同じように考えたのだろう。
急いで先生に背を向け、ところどころ塗装が剥がれて錆ついた部分が見える白のフェンスを爪でなぞり、再びカタカタと音を鳴らした。

「アタシ、サボってくから、授業戻っていいよ!」

ダイヤ型に編まれたフェンスを握り、力を込める。手のひらに、キラキラ光る尖った爪先が食い込んで、ズキ、と痛んだ。

「花、違うんだ」

いつも穏やかな先生からは想像できない切羽詰まった声を、背中で受け止める。
亜子は花とともにこの場を逃げ出したくてたまらなくなった。
好きな人からの優しいフォローの言葉など聞きたくない。余計みじめになるだけだ。

「もう、冗談だからこの話はおしまい!」

花が明るく言い放った。

花はすごい。
涙を無事放出することなく耐えきった上に、無理やり口角を上げて笑顔をつくり、振り向いたのだ。
でもそれは花の精いっぱいの強がりであることを亜子は分かっていた。
その証拠に頭の中がパンクしそうで、足がふるえている。
気を抜くとその場に崩れ落ちそうで、背中に感じる無機質なフェンスにドサッと体重を預ける。

「そうだ、教室戻る前に売店でアロエジュースとピザパン買っといて! あとで取りに……」

ギシ

という音がして、身体が浮いた。

先生が何か叫んでいる。
さっきまで先生を見ていたのに、彼の姿はもう見えない。
代わりに青い空が迫ってきた。雲が白い。

明日も晴れそうだな。




「亜子、目をあけて」

お尻があたたかい。
真っ青な世界に浮かんでいたはずなのに。

スカートのまま便器に座っていた。
開け放したドアから、洗面所と鏡、そして花が見える。

「亜子、私がこの世に残した想いは見えた?」