「いやいや、あのときはたまたま調子出なかったんだって。山田はどうする? そろそろ進路決めなきゃまずいんじゃ?」

亜子の意思とは関係なく、勝手に口が動く。

「俺のことはほっとけ。適当に実家から通える大学か専門学校にするから」

先生は、面倒くさそうに顎を触る。
どこかの教室発の『些細な愛うた』に合わせてメロディを口ずさみながら、「モンジェ流行ってんなー」と呟いた。

「山田さぁ、頭良いんだからもっと真剣に考えなよ。山田の成績なら国公立も医学部も狙い放題じゃん」

告白前なら、もっと甘い会話でもすればいいのに、と歯がゆく思ったが、それができない花の気持ちも理解できた。
いざ好きな人を目の前にすると何と言っていいか分からなくなる。
亜子なら間違いなく恥ずかしくなって、この段階でトイレに逃げ込んでいるに違いない。
山田は、「まぁね」と言いながら再び顎に手を添えた。

「ところで、花の話って何?」

「あのね…。うちら、気が合うじゃん。クラス違うけど、よく一緒に勉強したり話したりさ。」

「だな」

先生は、少年のようにニカッと笑った。歯並びの良い口元がまぶしい。

「でね、山田はアタシのことどう思っているのかな、って……。アタシは山田といてすごく楽しいし、もっと一緒にいられたらなぁ、って……」

花の気持ちが亜子をえぐった。
『山田が好き』こんなたった6文字なのに、勇気が出なくて言えない花の気持ちが自分に重なる。
先生はスニーカーに目を落とした。
顔を上げたとき、彼には笑顔はなかった。

「ごめん、花」

ダメだった。
自分がフラれたわけではないのに、絶望感と恥ずかしさで亜子はパニックになる。

「ごめんね、山田、変なこと言って。ウソ! 今のウソだから。ジョーク! へへ、だまされた?」