今度は花が少し不機嫌になった。
場の空気がピリリと変化したのを感じ、亜子は慌てて明るい声を出す。

「うーん、じゃあ、特にトイレに対して強い想いが残っているわけではなさそうですよね!」

花は少し考え込んだ。

「あっ! もしかしたら」

目を1.2倍に見開いて、彼女は両手を重ねてパン、と音をたてる。

「9月30日、山田の誕生日! 私、山田に告ろうとしてた。
授業中だったんだけど、お腹痛いって嘘ついてトイレ行ってケータイにメールしたんだよね。『今から屋上に来て』って。
そしたらすぐに『わかった』って返事がきてさ。
もう超緊張して、ドキドキしながらこの鏡の前でグロス塗り直してた」

「それ!」

亜子の人差し指が花を指す。

「多分、そのときの高揚感が花さんの意識をトイレに縛り付けているのだと思う」

「なるほどね!」

亜子の差し出した人差し指の先端に、花は自分の人差し指のロングネイルを重ねた。

「とりま、トイレだけにいるの、本当に退屈なんだよね。
アタシが地縛霊なら、サッサと成仏したいし、成仏できないならトイレ以外の場所もフラフラできるフリーダム幽霊とかになりたい」

「うーん。フリーダム幽霊はどうすればなれるのか知らないけど、成仏したいなら、花さんの想いを昇華させればいいんじゃないですか?何かこの世に未練とか思い残したこととかあります?」

17年間で得た、少ないオカルト知識をフル動員する。

花の心残りを解決すれば、成仏させてあげられるかもしれない。

「亜子すっげぇ! 霊能者みたいじゃん」と興奮してピョンピョン跳ねる花を見て、亜子はふっと笑みをこぼした。見た目はギャルだし、ちょっと言葉づかいが悪いけど、花はきっと素直ないい子だ。

「いや、普通です。何となく地縛霊ってそういうもんじゃないですか。それより未練について教えてください」

亜子は花に対してほっこりした気持ちになったのを隠したくて、真面目な顔をした。

「未練ね。そりゃ山田の返事っしょ。結局告白の返事聞けないまま屋上から落ちちゃったからね」

「うーん。その流れだと、告白の返事を知ることができれば、成仏できそうですね。そもそも、どうして告白の返事を聞くだけなのに花さんが屋上から落ちる状況になるのでしょう?」

「待ってね。亜子、ちょっと目を瞑ってみて。亜子に直接イメージを送ってみる」